第14話
夕方。私達が、ホテルに戻ると、そこにはスターリング家の姉妹とスティーブさんが待っていた。
「私達も、温泉に入りたくなったのよ」
「今は農閑期だし、ゆっくりしていらっしゃいって、お父様が送り出してくれたわ」
スティーブさんとリリーさんは、きょうだいの中でも、特に仲がいいようである。
「…アレクシア、あの2人は、婚約しているのかな?」
エディの言葉に、私はびっくりした。
「エディ、彼らは兄と妹だぞ」
「そうは言っても、血は繋がってないじゃない?子供の頃から一緒に育った男女が、恋仲になるのは、珍しくない事だと思うけど」
アレクシアさんは、うんうんと頷いている。
「スティーブは、リリーお姉様の事が好きなんです。…でも、自分は身寄りがないから、伯爵令嬢のお姉様と結婚するなんて、恐れ多い事だ、と思っているんですよね」
スティーブさんは、いまどき珍しいくらい、古風な考えの持ち主らしかった。
「スティーブ君は、スターリング伯爵に恩を感じているんだね。義理堅い男だね」
アレクシアさんは、困ったような顔をした。
「…そこがスティーブのいい所なんですけど…義理を優先しすぎて、好きな人に結婚も申し込めないのは、男性としてどうなんでしょうかね?」
貴族の令嬢が、平民と結婚した例は、意外と多くある。
ほとんどが、裕福な商人が相手の、財産目当ての結婚ではあるが。
「…財産の無い男性との結婚を、ご両親が許すとも思えないしねえ」
「スティーブは、亡くなったおじい様から、幾らかの株と土地を遺産としてもらったんです。でも、それだけでは、生活していくので精一杯でしょうね…」
アレクシアさんは、悲しそうな顔になった。
「私達は、2人に幸せになって欲しいんです。でも、今のままでは、難しいですよね…」
エディは、暗くなった場を盛り上げるように、明るい声を出した。
「ここで悩んでいても仕方ないよ。せっかく温泉に来たんだし、お風呂に入って嫌な事は忘れよう」
アレクシアさんは、にっこり笑った。
「そうですね」
女性陣が、お風呂に入りに行ってしまうと、エドワードは、スティーブと2人きりになってしまった。
「…やれやれ。スティーブ君、僕らも温泉に入ろうか」
そして、彼らはお風呂に向かった。
すると、フロントの前に、背の高い眼鏡の青年が立っているではないか。
「あれ、どうしたの?僕達、お城に何か忘れ物でもしたかな?」
ローレンスは、今にも泣きだしそうな顔で、スティーブに縋りついて来た。
「…助けて下さい。僕、公爵なんかになりたくないんです…!」
話を聞くついでに、ローレンスもお風呂に入る事になった。
幸い、貸し切りのお風呂が空いていたので、誰にも話を聞かれる心配はない。
「…すみません。突然押しかけてきて、変な事言って…」
「気にしないで。それで、きみは半年間もずっと悩んでいたわけ?」
「…はい。父に継承の儀式を行う、って言われた時は、頭が真っ白になってしまって…」
それからは、気の弱い彼なりに、何度も父親を説得しようとしたのだが…。
「…お前は、この家の長男だ。次期公爵になるのは、お前しかいないんだぞ。リヴァーデイル公爵家の血が絶えてもいいのかと言われるばかりで…」
「…それは、お父さんの言う事も、もっともだよねえ…」
エドワードは、マーベリントン公爵家の、お気楽な三男坊である。
彼が家を継ぐ可能性は、ほぼない。
莫大な財産が転がり込んでくる確率も、限りなくゼロに近い。
その代わり、広大な領地を統治し、莫大な富と権力を正しく使いこなす、という重大な責任を背負わなくて済んでいる。
「お父さんに、きみの将来の夢の事は話したの?」
「…はい。でも、公爵になっても、学問は出来るだろう、の一点張りで。…公爵になんてなったら、城から自由に出かける事さえできなくなるのに…」
「まあ、それはそうだろうねえ…」
「実際に遺跡を見て、発掘して調査するのが、考古学なんですよ。城で本ばかり読んでいればいいというものではありません。父はそれが分かっていないんです」
ローレンスは、頭を抱えた。
「…どうしたらいいんだ。このままじゃ、僕は嫌でも公爵にされてしまう…」
その時、黙って話を聞いていたスティーブが、口を開いた。
「いいじゃないか。公爵になってみれば」
「ス、スティーブさん、何を言い出すんですか?」
スティーブは、平然とした顔で、話を続けた。
「普通の貴族の馬鹿息子なら、公爵になれる、と聞いただけで、大喜びするだろう。莫大な富と権力が何の努力もしなくても手に入るんだからな。それなのに、きみは嫌だと言っている」
「…そうですけど…」
「きみは、公爵という立場が、どれだけ大変なものかを知っている。お父上の仕事をいつも見ていたからだろう。だから、自分には到底務まらない、と思い込んでいる」
ローレンスは、しょんぼりとうなだれた。
「…そうです。僕はいくら頑張っても、父上のようにはなれないんです…」
「お父上だって、公爵になりたての頃は、試行錯誤の連続だっただろうな。だから、誰も君が始めから何でも完璧にこなせる、なんて期待はしていないよ。分からない事は何でも聞けばいいんだよ」
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