第13話
その時、触れ係が「リヴァーデイル公爵夫妻が、お見えになりました」と告げた。
その場にいた全員が、入り口の方を向いた。
リヴァーデイル公爵夫妻が、並んでゆっくりと大広間に入って来た。
私達は、この国で最も権力を持つ夫婦に、最上級のお辞儀をした。
公爵が、私達の前で立ち止まった。
彼は、銀灰色の髪をした、背の高いがっしりとした壮年の男性だった。
ローレンスの背の高さは、父親譲りらしい。
グレーの瞳は、優し気な光を宿している。
「あなた達とは、初めてお会いしますね。リヴァーデイル公爵のジャックです。こちらは妻のルイーズ」
公爵夫人は、ダークブロンドの巻き毛を高く結い上げた、美しい女性だった。
温かいヘイゼルの瞳が、私達を優しく見つめていた。
「よろしくお願いしますね。あなた方の、お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「シェルバーン伯爵の娘の、エリザベスと申します」
私が名乗った瞬間、公爵夫人の瞳が、かすかに泳いだ。
彼女は、礼儀正しい返答を返してきた。
「…よろしくお願いしますね」
私達は、大広間の壁際にあるソファに案内された。
「娘の友人とは、こうして一度は、きちんと話し合う事にしているんだよ。若い人との会話は、私も刺激を貰えるから楽しいね」
公爵は、そう言って優しく微笑んだ。
彼の左手には、金の印章指輪が光っていた。
公爵夫人は、なるべく私達の方を見ないようにしている。
おそらく、彼女は私の悪い噂を、真に受けている貴族のひとりなのだろう。
こういう反応には慣れっこなので、私は失礼に当たらない程度に、彼女と目を合わせないようにした。
「…そういえば、確かリヴァーデイル公爵家には、亡くなった奥方の間にも、お子さんがいらっしゃいましたよね?」
例によって、エディが、無神経とも思える質問をした。
「…そうだよ。私とアメリアの間には、息子がいた…」
公爵は、懐かしそうに目を細めた。
「その息子さんは…お亡くなりに?」
「…いや、あの子は、さらわれたんだ。我がリヴァーデイル城からね」
公爵は、そう前置きして、リヴァーデイル公爵家の悲劇を話してくれた。
生まれて3ヶ月も経たない赤ん坊が、真冬の夜に城内の子供部屋から、さらわれた事。
先妻は、差後の肥立ちが悪く、隣の部屋で休んでいた事。
「…アメリアは、息子がいなくなったと知った時、ショックで寝込んでしまったよ…」
しばらくして、彼女は病にかかり、亡くなってしまった。
「私は、城のものを総動員して、探索に当たらせ、懸賞金までかけた。…しかし、あの子はまるで消えてしまったかのようだった…」
彼は、我が身に降りかかった悲劇的な出来事を、よどみ無く説明した。
公爵夫人の扇を持つ手が、かすかに震えていた。
夫人は先程から、そわそわと落ち着かない様子だった。
確かに、再婚して20年以上経つのに、人前で先妻のなくした子供の話を持ち出されたら、今の妻は気分が良くないだろう。
「…公爵は息子さんが、生きていると考えておられますか?」
…エディ、お前は配慮というものを知らんのか?
しかし、リヴァーデイル公爵は、エディを咎めるような真似はしなかった。
おそらく公爵は、従兄の恐れ知らずな発言を、内心では面白がっているのかもしれない。
「…そうだな。そうあって欲しい。生きてさえいれば、いつかは会えるかも知れないからな…アメリアの息子に」
その時、公爵夫人が立ち上がった。
「…失礼、少し気分が…」
そう言うと、彼女は立ち去った。
公爵は、妻の失礼な行動を咎めなかった。
「あれの事は、気にしないでくれ。ルイーズは、気まぐれなのだよ」
リヴァーデイル公爵夫人と言えば、公の場に滅多に顔を出さない、謎めいた貴婦人で有名であった。
社交界では、この事について、様々な憶測が飛び交っていた。
公爵は何事もなかったような顔をして、話を続けた。
「あと3日で、リヴァーデイル公爵の継承の儀式が開かれる。ローレンスも大学を、無事に卒業した事だし、気持ちの区切りをつけるには、いい時期だと思う」
当の本人は、強張った顔つきをして、俯いている。
彼は、未来の公爵という重大な立場を、重荷に感じているのかもしれない。
「家臣達は、こいつがまだ未熟だと言うが、なに、私だって息子の年の頃には、色々と無茶をやったものだ。公爵というものは、周りに盛り立てられて成長するものだからな。だから、そんなに深刻に考える必要はないんだぞ。ローレンス」
父親に突然名前を呼ばれて、彼はびくっと肩をすくませた。
「…はい、父上」
「うむ」
公爵は満足げに頷いた。
そして、公爵は、自分がひとりで話していた事に、ようやく気が付いたようだった。
「…いや、すまんな。年を取ると話が長くなってしまうんだ。若い人には退屈だったろう?」
私は、恐縮する公爵に微笑みかけた。
「いいえ、そんな事はありません」
エディも私の後に続いた。
「そうですよ。おかげで公爵の、貴重な話が聞けましたし」
公爵は、鋭角的な顔に笑みを浮かべた。
「…ありがとう。君たちと話して、少し気が楽になったよ。…では、私はこれで失礼するかな。皆さんは、パーティーを楽しんでくれたまえ」
私達は、去って行く公爵を見送った。
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