第12話
「今日は、きみの妹さんの誕生パーティーに呼ばれたんだよ」
「…ああ、それでここにいらっしゃるんですね」
ローレンスは、エドワードの説明に、納得したようだ。
エドワードは、ローレンスが読んでいた分厚い本を、ちらりと見た。
「随分難しそうな本だね。何を読んでいたの?」
「…あ、考古学の本です。僕の専攻なんです」
「…へえ」
貴族の息子が、大学の専攻に考古学を学ぶのは、珍しい事であった。
「僕の研究テーマは、ドラゴンがこの地に本当に実在したかを証明する事なんです。その為には、各地に伝わるドラゴン伝説を調査して、検証する必要があります」
「…ふ、ふ~ん」
ローレンスは、自分の専門の話になると、途端に熱弁を振るい出すタイプらしい。
エドワードは、大人しいだけだと思っていた、ペンリス伯爵の意外な面に戸惑った。
「僕は、ドラゴンは本当に実在した、と考えています。少なくとも、それに近い生物がいた痕跡はあります。地方や辺境に伝わる伝説が、それを物語っています」
ローレンスは、机の上に巨大な図版を広げた。
「ほら、これを見て下さい。これはストーンヘイヴンの辺境の村の記録書ですが、これには、かつてドラゴンを見た人の話をもとにした、絵が描かれているんですよ」
そこには、一頭のドラゴンの姿が描かれていた。
鱗でおおわれた巨大な体と、蝙蝠のような翼。爬虫類のような縦長の瞳孔。
尖った牙がずらりと並んだ大きな口から、何やら炎のようなものを吐いている。
5つの公爵家の紋章にも使われている、力と繁栄の象徴でもある。
「ストーンヘイヴンでは、ドラゴンのものと思われる巨大な骨が見つかっています。…ああ、僕も行ってみたいなあ…」
ローレンスは、憧れの地に想いを馳せるかのように、深いため息を吐いた。
「そんなに行きたいなら、行けばいいじゃない」
エドワードの軽い言い方に、ローレンスは、ムッとした顔を見せた。
「何を言っているんですか。僕は次期リヴァーデイル公爵ですよ。そんな事言ったら、反対されるに決まってます」
「でも、ドラゴンが本当に出る訳じゃないんだから、大した危険はないと思うけど?」
ローレンスは、再びため息を吐いた。
今度のは、諦めの気持ちから、出たもののようだった。
「…僕の母は、僕が少しでも冒険しようとすると、決まって止めるんです。あなたは次期リヴァーデイル公爵なのだから、危険な事は部下にやらせればいいのです、と言って…」
どうやら、公爵夫人は、過保護な母親らしい。
「…きみももういい歳なんだから、一度くらいはお母さんに逆らってみたらどう?意外とあっさり賛成してくれるかもしれないよ」
エドワードの言葉に、ローレンスは、黙って首を振るばかりであった。
その時、エマが図書室に入って来た。
「お兄様、やっぱりここにいたのね。…あ、あら、ブライトン子爵様…」
エマは、ぽっと頬を赤く染めた。
「やあ、今、お兄さんにドラゴンの話を聞かせてもらっていたんだよ」
「まあ、お兄様ったら…子爵様に、そんなお話をしたの?」
「う、うん…」
ローレンスは、妹を前にして、また元の大人しい青年に戻ってしまったようだ。
「とにかく、お父様とお母様もいらっしゃるから、早く大広間に来て頂戴」
――エディとエマさんが、大広間に戻って来た。
彼らの後ろから、大きな眼鏡を掛けた青年がついて来ていた。
「…あの方は、ペンリス伯爵だわ」
私達と一緒にいた女性達がざわついた。
どうやら、彼は若い女性達の、有力な結婚候補らしい。
確かに、背は高いし、見た目も悪くない。
ダークブロンドの、くるくるした巻き毛は、ちょっと散髪が必要かもしれないが。
眼鏡の奥のヘイゼルの瞳は、理知的な光をたたえていた。
「エリザベス先生、私の兄を紹介します」
エマさんが、紹介すると、ペンリス伯爵はおどおどした様子で、手を差し出して来た。
「…は、はじめまして…ローレンスと言います」
「シェルバーン伯爵の娘の、エリザベスと申します」
伯爵は、私の顔を正面から見た途端に、顔を真っ赤にして固まってしまった。
「…あの、伯爵様?」
「もう、お兄様ったら、しっかりしてよ」
エマに、軽く背中を叩かれて、伯爵は、はっと我に返った。
「…し、失礼しました。シェルバーン伯爵令嬢…」
「エリザベスで結構ですよ」
私がにっこり微笑むと、伯爵は再び赤くなった。
「お兄様ったら…。兄は、エリザベス先生が美人だから、緊張しているんですよ」
「…そ、そんな事は…あります」
彼の返事に、周囲の人達は、どっと笑い出した。
私は彼の気の利いた冗談に、嬉しくなった。
「伯爵は私の従兄と何を話していたんですか?」
「…あ、ドラゴンの事です」
「彼は、ドラゴンの骨を見に、ストーンヘイヴンまで行きたいんだよ」
「…へえ」
ストーンヘイヴンと言えば、北方の辺境国というイメージしかなかった。
「ストーンヘイヴンには、ドラゴンの骨が保管されている博物館があるんですよ。考古学を学ぶ者として、ぜひ一度足を運びたいものです」
「伯爵様は、考古学を学んでいらっしゃるんですか?」
「ローレンスでいいですよ。…そうです。僕は、この国にドラゴンが実在した事を証明したいんです」
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