第8話
もっとも、奮闘しているのは教師の方ばかり、という話もあるが。
「…特にアレクお嬢さんと、リリーさんは酷かった…あれは女の子、というよりは、おサルさんでしたね」
「…へえ~っ」
スターリング家の次女リリーは、ストロベリーブロンドの髪に、緑の瞳を持った長身の美女である。
エドワードに対する挨拶も完璧だったし、どう見ても、非の打ちどころのない淑女ぶりであった。
それも、スティーブの教育の賜物であろうか。
「…今回の、レイヴンクロフト家との見合いが成功して、俺達はみんな喜んでいるんです。小さなおサルさんみたいだった、あのアレクお嬢さんが、まさか次期公爵夫人になるなんて…」
スティーブは、目尻に涙を浮かべていた。
どうやら、スターリング家の長男は、涙もろい男のようである。
エドワードは、かすかに震えている彼の背中を、優しく撫でた。
「心配しなくても大丈夫だよ。レイは、ああ見えて優しい男だから、アレクシアは絶対に幸せになれるよ」
「…ありがとうございます…子爵様」
スティーブは、はなをすすり上げた。
私達が、ホテルの部屋でおしゃべりをしていると、エディとスティーブさんが、お風呂から戻って来た。
「…あれっ、フロントで部屋が変わった、って聞いたけど…この部屋、豪華すぎない?」
エディが驚くのも、無理もなかった。
私達が今いる部屋は、ホテルの中でも最高級のスイートルームである。
寝室だけで5つもあるという、とんでもない造りになっていた。
「実は、さっきこんな騒動があってな…」
私の話を聞いたエディは、納得した顔になった。
「…そうだったんだ。でも、リヴァーデイル公爵夫人のおかげで得したね。
こんなすごい部屋、僕達の予算じゃ、絶対無理だったよ」
彼は、アレクシアさんと同じことを言った。
「そうですよね。ほら、このお茶とお菓子も、なんとタダなんですよ」
アレクシアさんが、嬉しそうにお菓子をつまんだ。
「アレクお嬢さん、ご飯の前にお菓子を食べすぎちゃダメですよ」
スティーブさんが、すかさず注意する。
「…わ、分かってるよ。まだ2個しか食べてないもんっ」
本当は、既に5個食べてしまっているのだが、友人の為に黙っている事にする。
今のアレクシアさんは、小さな女の子がムキになっているように見えた。
「…ふふっ」
「あ、エリザベスさん、今笑いましたね」
「アレクシアさんが、子供みたいだからだよ」
アレクシアさんは、ぷうっと頬を膨らませた。
「それ一つ食べたら、もうお終いですよ」
「は~い」
アレクシアさんは、お菓子を食べ終えた後、名残惜しそうにお皿を見つめていた。
その時、部屋のドアがノックされた。
「あれ、誰だろう?は~い」
エディが、立ち上がってドアの方へと歩いて行く。
マギーさんが、慌てて立ち上がった。
「子爵様、私が出ますから、座っていてくださいな」
あいつは、自分が子爵様だという自覚が無いのだろうか。
マギーさんが、困惑した表情を浮かべながら、戻って来た。
「エリザベス様。先程のリヴァーデイル公爵令嬢が、お話があると…どうなさいますか?」
ご令嬢が、一体何の用だろう。
「会います、と伝えて下さい」
私は椅子から立ち上がって、ドアに向かった。
ダークブロンドの巻き毛の令嬢は、緊張した顔つきで立っていた。
マギーさんは後ろに下がり、ドアから見えない位置に留まった。
「私に何か御用ですか?」
先程エマと名乗ったご令嬢は、私の顔をまじまじと見つめた後、思い切った様子で口を開いた。
「…あ、あの、エリザベス・スチュワート先生ですか?」
「そうですが…」
私の返事に、エマさんは興奮して顏を赤くした。
「…やっぱり!私、先生の大ファンなんです。…あの、これにサインを頂けますか?」
彼女が取り出した本は、「ジョセフ&マーカス」の1巻だった。
「ええと、ちょっと待って下さい。何か書くもの…」
「エリザベス様、これをお使い下さい」
マギーさんが、ペンを渡してくれた。
本にサインしている間、エマさんは、じっと私を見つめていた。
サインされた本を受け取ったエマさんは、それを胸にぎゅっと抱きしめた。
「今日は記念すべき日だわ…憧れの先生にお会いできるなんて…ここにはいつまで滞在なさるんですか?」
「…さあ、友人の気が向くまでですかね」
「それって、ブライトン子爵の事ですよね?お2人は、婚約されているんですか?」
どうしてみんな、私達を結婚させたがるのだろうか。
「残念ながら、彼女にその気は無いんですよ。僕はいつでも準備が出来ているんだけどねえ」
いつのまにか、エディが私の後ろにいて、口を挟んできた。
「こら、勝手な事を言うな。ご令嬢が誤解するだろう」
エマさんは、突然現れた美形の子爵に、驚いて目を丸くした。
エディは、若い女性なら誰でも魅了されてしまう、甘い微笑を浮かべた。
「はじめまして、ブライトン子爵のエドワードと申します」
「…あ、エマと申します…」
エマさんの顔は更に赤く染まり、大きなヘイゼルの瞳は、潤んでキラキラと輝き始めた。
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