第7話
ホテルに戻ってくると、丁度エリザベス達が、フロントにやって来るところだった。
「あれ、スティーブ、どうしたの?」
「アレクお嬢さん、忘れ物ですよ」
スティーブが、アレクシアに袋を渡した。
「わざわざ届けてに来てくれたの?ありがとう」
「…いえ。では、俺はこれで失礼します」
立ち去ろうとするスティーブを、ジュリアンが引き止めた。
「せっかくだから、温泉に入って行ったらどうです?私達のお風呂は、今日一日貸し切りなんですよ」
エドワードが、さっそく反応した。
「えっ、そうなの?それは是非入らないと。じゃあ、スティーブ君、行こうか」
「えっ?…ちょ、ちょっと待って下さい。子爵様…っ」
事態が呑み込めていないスティーブを、エドワードが引っ張って行く。
「エディは男性の仲間が出来て、嬉しいんだろうな」
「二人とも、仲良くなれるといいですね」
エリザベスとアレクシアが、呑気な会話を交わした。
「スティーブ君、恥ずかしがらないで、入っておいでよ」
「…いいんですか?俺みたいな平民と、風呂に入っても」
スティーブは、子爵様と一緒にお風呂に入る事に、抵抗があるようだった。
「大丈夫だよ。別に背中を流せ、なんて言わないから」
「…はあ」
スティーブは、観念したのか、服を脱いで風呂場に入って来た。
その鍛え上げられた体つきに、エドワードは、目を見張った。
「…凄くいい体をしてるね。何か武芸でも習っているのかな?」
スティーブは、苦笑いを浮かべた。
「スティーブ、でいいですよ。子爵様にくんづけされると、落ち着かないですから…そうですね、毎日木剣の素振りはしてます」
それだけで、ここまで完成した体が、出来上がるものだろうか。
よく見ると、彼の体には大小の傷跡が、あちこちに残っていた。
「その傷は、どうしたの?」
「…ああ、これは、うちのお嬢さん達を、庇った時についた傷ですよ」
この時、スティーブの顔に、誇らしげな表情が浮かんだ。
エドワードは、温泉に浸かりながら、スティーブの口から、スターリング家の姉妹が、いかに無茶な冒険家で、手の付けられないくらいのお転婆だったかを聞かされた。
スティーブの左腕に、獣の歯形のような傷跡があった。
「これはアレクお嬢さんが、野良犬に襲われそうになった時に、お嬢さんを庇った俺に奴が噛みつきましてね…」
犬が逃げた後、アレクシアは、スティーブにしがみ付いて大泣きしたそうだ。
「この背中の傷は?」
「それは、リリーさんが木から降りられなくなった時に、ついたものです」
リリーを助けるために木に登り、彼女を抱えた瞬間、2人分の重さに耐えられなくなった枝が折れた。
「そのまま俺達は、下に落ちました」
リリーを抱えるような形で、ろくに受け身も取れずに着地した。
その為、スティーブは、地面に背中を強く打ち付けてしまい、そのまま意識を失った。
「…俺は3日間、意識が戻りませんでした」
目が覚めると、スターリング家の全員が、彼の顔を覗き込んでいた。
「…スティーブ…良かった。気が付いたな」
「本当に…このまま目が覚めないんじゃないかって、心配したわ」
「…うぇ~ん、スティーブ~っ!!」
泣いていたアレクシアが、顔をくしゃくしゃにして、抱きついて来た。
はちみつ色の髪を撫でながら、スティーブは一番気になっていた事を口にした。
「…あの、リリーさんは?」
その時、ベッドの下から、ストロベリーブロンドの頭がひょっこりのぞいた。
「…よかった、無事だったんですね。リリーさん」
「…うん。…ごめんね」
リリーは、珍しく素直に謝った。
「気にしないで下さい。あなた達を守るのは、俺の使命ですから」
スティーブは、背中の痛みを気づかれないように、引きつった微笑みを浮かべた。
「…それはいくら何でも、やりすぎじゃないの?」
スティーブのスターリング家への忠誠心は、行き過ぎに思えた。
下手したら、一生体が動かなくなっていたかもしれないのだ。
「俺は頑丈ですし、多少の事では壊れたりしません。それに、お嬢さん達が危ない目に遭っているのに、放っておく訳にはいかないでしょう?」
「…それはそうだけど…」
そもそも、スティーブが必ず助けに来てくれる、という信頼感があるからこそ、姉妹は無茶な冒険をするようになったのではないだろうか。
スティーブは、苦笑いを浮かべた。
「…それは、あるかもしれません。でも、それは俺のお嬢さん達への教育が間違っていた、という事なので、やはり俺に責任があるんです」
スティーブは、物心ついた時はすでに、スターリング家の姉妹の「お兄ちゃん」であった。
彼女達の面倒を見る事で、自分も成長してきたのである。
ある日、スティーブは古本屋で、「素敵なレディになる為の心得」というタイトルの本を見つけた。
当時9歳だったスティーブは、これが自分の生きる目的だ、と直感した。
それ以来彼は、スターリング家のお嬢さん達を、素敵なレディにする為に、日夜奮闘し続けてきたのである。
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