第6話

戻って来たホテルの従業員は、恐縮したように、頭を下げてきた。

「…大変失礼致しました。お詫びのしるしに、お客様のお部屋のグレードを上げさせて頂きます」

「そんな、気を使わないで下さい」

「いいえ、これは私の責任ですから。お荷物の方は、お部屋に運ばせておきます」


従業員は私達を、先程の浴場から少し離れた部屋に案内した。

「こちらは、本日は丸一日、お客様達のみのご利用となっております。これから運ばせるお飲み物と軽食は、当ホテルからのサービスとなっております。もちろん、お代は結構でございます」

「…どうも」

気を使われ過ぎて、帰って申し訳ない気がしてきてしまう。

「それでは、ごゆっくりとお寛ぎ下さいませ」

従業員は、笑顔を浮かべたまま、退室して行った。


「わあ、私達の貸し切りですって。得しましたね」

アレクシアさんが、無邪気に喜んでいる。

「そうね。せっかくここまで来たんだし、まずはお風呂を楽しみましょうか」

ジュリアンが、鼻歌を歌いながら脱衣所に入って行った。


私達が案内された浴場は、湖が一望できる、素敵な露天風呂が付いていた。

「へえ、こりゃ大したもんですねえ」

マギーさんは、目の前に広がる絶景に、感心したようだった。

私達は、わいわい騒ぎながら、温泉に入って行った。


「…いいなあ。今頃エリー達は、4人で楽しく温泉に入っているんだろうなあ…」

エドワードは、ぼやきながら、ミストレイクの町を散策しようと、ホテルの出口へと向かった。

すると、フロントに、どこかで見た事のある人物が立っていた。


「…あれ、スティーブ君?」

スティーブは、自分の名前を呼ばれて、振り返った。

「あ、ブライトン子爵様…」

「こんな所で、どうしたの?」


「アレクお嬢さんの忘れ物を届けに来たのですが…」

「きみも律儀だねえ。ここまでは馬車で来たの?」

「いえ、馬に乗ってきました」

スターリングから、ミストレイクまでは、馬を飛ばせば1時間くらいの距離である。


「じゃあ、その忘れ物は、フロントに預けておきなよ。それで、ちょっと散歩に付き合ってくれない?」

「…えっ?」

スティーブは、身分の高い人からの誘いに、戸惑った顔を見せた。

「あのね、僕は5人で温泉に来たのに、男ひとりだから、単独行動しないとならない時があるんだ。…寂しいんだよ。きみが嫌じゃなかったら、付き合ってくれないかな」


スティーブは、エドワードの言葉に、納得したようにうなずいた。

「分かりました。ご一緒させて頂きます。ブライトン子爵様」

「エドワードでいいよ」

2人は早速ミストレイクの町へと、繰り出した。


ミストレイクは、元々は王侯貴族が、湯治の為の別荘地として、栄えていた場所であった。

月日が経つ内に、彼らが手放した別荘がホテルに改築され、裕福な商人なども利用できる保養地へと変わって行った。

平民と同じ温泉に入るのを嫌がる、プライドの高い貴族達は、他の温泉地へと移って行った。


今ではひなびた温泉地として、身分の高い人達が、お忍びで訪れる隠れた名所になっている。

2人は、町の大通りの店を冷やかしながら、歩いていた。

その時、スティーブが、ふっと裏通りに目をやった。

「あれ、どうしたの?」

「…子爵様、ここでちょっと待っていてください」


スティーブはそう言うと、裏通りへと入って行った。

エドワードは、野次馬根性を発揮して、こっそり彼の後ろからついて行った。

裏通りを少し入った所で、眼鏡を掛けた青年が、3人の少年に取り囲まれていた。

どうやら、彼らの目的は、青年から金品を巻き上げる事らしい。


自分よりも年下で、背も低い少年達に、青年は立ち向かうでもなく、ただ立ちすくんでいた。

その時、スティーブが青年を守るように立ちはだかった。

少年達は、彼の出現に驚いたようだ。

「な、なんだよ、おっさん」

「…痛い目を見たくなければ、さっさとこの場から去るんだな。坊やたち」


スティーブの、がっしりとした体つきと、謎の威圧感と迫力に、少年達は完全に圧倒されていた。

「…ちっ、行こうぜ」

敵わないと分かったのか、少年達は、きびすを返して逃げ出した。


スティーブは、ガタガタ震えている青年に声を掛けた。

「きみ、大丈夫か?」

「…は、はい。…あの、どうもありがとうございました」

「いや、大した事はしてないから…」


その時、物陰に隠れていたエドワードが、ひょっこり姿を見せた。

「いや~っ、すごいね。きみがひと睨みしただけで、あいつら逃げ出したよ」

「子爵様、大げさですよ」

スティーブは、大したことはしていない、と本気で思っているようだった。


大通りに出た後、青年は改めて、スティーブに向かって頭を下げた。

「…本当に助かりました。僕、ああいう時、怖くて体が動かなくなっちゃうんです」

「じゃあ、気を付けて帰るんだぞ」

「…あ、あの、せめてお名前を教えて頂けますか?」


「スティーブだ」

「…スティーブさん、…本当に、ありがとうございました」

深く頭を下げる青年に、軽く頷き返すと、スティーブはその場を後にした。

エドワードは、青年の顔をちらりと見た後、身を翻してスティーブを追いかけた。



















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