第5話

アレクシアさんの付添い人のマギーさんは、同じ平民出身という事で、ジュリアンとはあっという間に意気投合していた。

「もともと私は、こんな結構なご身分の方々と、ご一緒させて頂ける立場じゃないんですよね」

「分かります。私も今はケント伯爵夫人ですわ、なんて名乗ってますけど、元は商家の娘なんですよ」


「あら、そうなんですか?…身分がいきなり上がっちゃうと、お互い、馴染むのに苦労しますよねえ」

「本当にねえ…」

と、ため息を吐くタイミングまで、揃っていた。


私の知らない所で、ジュリアンも悩んでいたのか、と思うと不思議な気がした。

彼女はいつも、堂々としていて、自分の夢の実現の為に、まっしぐらに走り続けている、と思っていたからだ。

私がそう言うと、ジュリアンは苦笑いを浮かべた。

「いくら私がやり手の編集者でも、たまには落ち込む事だってあるのよ。平民の時は、出版社を立ち上げる為に、資金提供を呼び掛けても、始めは全く相手にしてもらえなかったし。伯爵夫人になったらなったで、色々と面倒な付き合いは増えるし」


「…そうだったのか」

ジュリアンといると、自分が世間知らずのお嬢様だという事を、痛感させられる。

どうやら、貴族と結婚した平民の女性は、様々な障害や、困難を乗り越えないといけないようである。

「それには、やっぱり二人の燃えるような愛と情熱が、必要なんですよ」

とは、アレクシアさんの談である。


ジュリアンとマギーさんは、彼女の言葉を聞いて、微笑みを浮かべた。


そうこうしている内に、馬車はミストレイクに到着した。

昔は王侯貴族が湯治に訪れた、高級保養地だった時代を彷彿とさせる、

古典的な建築のホテルや温泉施設が、整然と立ち並んでいた。


私達は、ホテルの部屋に、荷物を置くと、さっそく温泉に入る事にした。

「つまんないなあ~、僕だけ男湯だなんて。ここ、混浴は無いのかな?」


私は冷ややかな目で、従兄をにらんだ。

「もし、あったとしても、お前と入りたがる女性は、この中にはいないぞ」

「…ひ、ひどいよ、エリー。ちょっと言ってみたかっただけなのに…!」

情けない顔をしたエディを残して、私達は、ホテルの温泉へと向かった。


このホテルは、貸し切りの温泉風呂があった。

前もって予約しておくと、決められた時間の間は、そこを独占できる仕組みである。

ホテルの従業員が、私達を案内してくれた浴場の入り口には、既に他の人達が待っていた。


従業員が、その人達に声を掛けた。

「あの、お客様、どうかされましたか?」

代表者と見られる、身なりの整った中年の女性が答えた。


「今日、この浴場に予約を入れておいた者だけど、扉に鍵が掛かっていて入れないのよ。何とかして頂戴」

「そう言われましても…本日この時間は、こちらの方達が、予約されていまして…」

中年女性がムッとした顔で、従業員を睨みつけた。


「何ですって?私の言っている事が、間違っているとでも言うの?」

「…いえ、そういう訳では…」

従業員は、この手の輩には、慣れっこなのだろう。

そのグループは、身分の高そうな美しい中年女性と、若い女性という取り合わせだった。

従業員と、直接話をしているのは、お付きの女官だろう。


ただの女官にしては、随分と権高な物の言い方をする女性である。

「とにかく、今すぐ何とかして頂戴。こちらの御方は、リヴァーデイル公爵夫人と、ご令嬢ですよ」

その名前を聞いたホテルの従業員は、真っ青になった。


「…し、失礼致しました。少々お待ちくださいませ」

そして彼女は、私達にすがるような眼差しを向けた。

ここで公爵の身内と揉めても、何もいい事は無い、と私は判断した。


「あの、私達は、別の浴場で構いませんから…」

従業員は、救いの神が降臨した、という表情を見せた。

「そ、そうですか?ありがとうございますっ」

彼女は、私達に深くお辞儀をすると、公爵夫人に向かって「大変お待たせ致しました。只今ご案内致します」と、浴場の扉の鍵を開けた。


私達は、彼女が戻ってくるまで、そこで待つ事にした。

すると、先程公爵夫人と一緒にいた令嬢が、こちらに近づいて来た。

「あの…当家の女官が無理を言って、どうもすみませんでした」

ダークブロンドの巻き毛の令嬢は、そう言うと、ぺこりと頭を下げた。


公爵令嬢に頭を下げられて、私達は慌ててしまった。

「ご、ご令嬢、頭を上げて下さい」

私が全員を代表して言うと、ご令嬢は頭を上げた。

「…本当は、女官が浴場を予約するのを忘れていて…それでも、リヴァーデイル公爵の名前を出せば、相手が恐れ入る、と思ったんでしょうね。本当に申し訳ありませんでした」


「いいんですよ。温泉はここだけ、という訳ではありませんからね。あなたもお母様も、ゆっくり温泉に浸かって疲れを癒して下さい」

「…はい。…あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「シェルバーン伯爵の娘の、エリザベスといいます」

「…私は、リヴァーデイル公爵の娘の、エマと申します。…皆さん、本当にありがとうございます」


その時、扉の向こうから、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

「エマ、何をしているのですか。早くいらっしゃい」

「はい、お母様」

エマさんは、もう一度私達に、お辞儀をすると、扉の向こうへと消えていった。


「感じのいい娘さんでしたね」

アレクシアさんが言った。

「女官の方は、最悪だけどね」

ジュリアンが、小声で毒づいた。


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