第49章 ― 彼を忘れた世界
空は、癒えなかった。
安定しただけだった。
世界を覆っていた亀裂は、傷のように塞がれることはなく、
冷え、薄れ、そして永久的な形として残った。
――傷跡のように。
雷鳴は鳴らなかった。
神の光も降りなかった。
戦いの終わりを告げる奇跡は、どこにもなかった。
それでも、朝は来た。
人々は目を覚ました。
街は息をし、
列車は走り、
子供たちは学校に文句を言い、
大人たちは金の心配をした。
理由もなく笑う者もいた。
世界は続いた。
アレン・ノクティルがいなくても。
アクシオン記録区では、
中枢尖塔が更新を拒んだ。
観測者たちは端末を見つめ、困惑する。
「……欠落がある」
「時間的な空白だ」
「いつからだ?」
「……空が割れた瞬間から」
かつて無限に自己修正を繰り返していた記録は、
今や沈黙したまま応答しない。
名前もない。
識別子もない。
エラー表示すらない。
まるで、世界そのものが判断したかのようだった。
――この存在は、記録されるべきではない。
図書館で、一人の司書が棚を見つめていた。
そこにあるはずの本が、なかった。
彼女は眉をひそめる。
「……誰か、ここに座ってた気がするんだけど……」
証拠はなかった。
残っていたのは、埃だけ。
遠く離れた小さな街では、
春が遅れて訪れた。
数週間ではない。
数日だけ。
花は躊躇うように咲き、
空気は静かで、
穏やかで――
優しかった。
神は降りてこなかった。
夢に命令を囁く声もなかった。
記録された歴史の中で、初めて――
空は、空だった。
それで十分だった。
どこかで、子供が雲を見上げ、
理由もなく安心した。
その理由を、知ることはない。
現実の最深層、
かつてシステムが存在した場所では――
沈黙。
エコーはない。
記録核もない。
確認応答もない。
ただ、欠如だけがあった。
そして、その欠如は安定していた。
もし誰かが
アレン・ノクティルを思い出そうとしたなら、
それは失敗しただろう。
苦痛ではなく、優しく。
存在しない言葉を探すように。
なぜなら、
世界はすでに代償を理解し、
支払い終えていたからだ。
観測の外、
神の外、
記憶の外で――
宇宙は調整された。
彼を悼むためではない。
彼が、もう必要とされなかったからだ。
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