第45章 ― 灰は、泣かない

沈黙が、落ちた。


平穏じゃない。

安堵でもない。


叫びが消えた後の戦場の沈黙。

死者ですら、もう責めるのをやめた時の静けさ。


アレン・ノクティルは、片膝をついたままだった。


空は、もはや完全じゃない。

無数の裂け目が走り、

消えかけの光が縫い付けられている。


神は消えた。


裁きは終わった。


それなのに――


手の震えが止まらない。


「……なんでだ」

彼は呟いた。


答えはない。


掌を地に押し付ける。

神石は、灰のように崩れた。


「なんでまだ……こんなに痛ぇんだよォォ!!」


叫びは、獣のように引き裂かれた。


エコーが反射的に暴れ—

そして、沈黙した。


応答はない。


システムも。

天も。

憎む相手も。


残ったのは――記憶だけ。



静かな部屋。


積み上げられた本。

金色の光に舞う埃。


ルネスラが向かいに座り、本を読んでいる。


「また見てる」

視線を上げずに言う。


「お前は存在がうるさい」

アレンは返した。


彼女は笑った。

あの、優しすぎる笑み。


「悪いことみたいに言うね」


彼は目を逸らす。


「……いつか、傷つくぞ」


彼女は本を閉じた。


立ち上がり、

歩み寄り、


そして――

赦されないことをした。


抱きしめた。


「知ってる」

静かな声。

「でもそれは、明日の問題」



記憶は、無慈悲に砕けた。


アレンは地面を殴った。


血が飛ぶ。


骨が砕ける。


何度も。


何度も。


「助けたはずだろォォ!!」

空に向かって叫ぶ。

「なのに、なんで死んでんだよ!!」


喉が裂ける。


涙が、血と灰に混じって落ちる。


答えはない。


最初から、なかった。


ゆっくりと。

必死に。

アレンは立ち上がった。


身体は悲鳴を上げる。

一歩一歩が借り物だ。


「……分かったよ」

彼は呟く。


砕けた空を見上げる。


「お前が特別だったのは、女神だったからじゃない」


声が震える。


「優しさを選んだからだ……

罰せられる世界で」


膝が揺れる。


だが、倒れない。


「俺は救ってなんかない」

アレンは囁く。

「ただ、生き残っただけだ」


空が、かすかに震えた。


怒りじゃない。


哀悼だ。


遥か彼方――

神を越え、

システムを越え、

エコーを越えた場所で、


何か古い存在が、動いた。


敵意でも、

慈悲でもない。


興味。


アレンは背を向けた。


神の死体にも、

赦さない空にも。


「……もう叫ばねぇ」


そう言って、


初めて――

本気だった。

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