第41章 ― 失われたものの“形”

アレン・ノクティルは、

いつ悲鳴が止んだのかを覚えていなかった。


ただ喉が焼けるように痛く、

足元が妙に柔らかいことだけが分かる。


死体ではない。

“残骸”が遺跡を覆っていた。


未完成の神性が煙のように漂い、消えようとしない。


彼は、その中心に立っていた。


まだ、息をしている。


「……どうしてだ」

掠れた声が震える。

「まだ……こんなにも近く感じるんだ」


天は答えなかった。


だから、過去が答えた。



図書館は静かだった。


神聖でも、張り詰めてもいない。


ただ、温かい。


水晶窓から光が差し込み、

埃がゆっくりと舞っていた。

長い机の向かいで、ルネスラは頬杖をつき、

彼の指先を眺めていた。


「消えるのが怖いみたいに読むのね」

彼女は言った。


アレンは顔を上げない。

「大抵、消える」


彼女は眉を寄せた。

「そういう言い方、嫌い」


視線が交わる。


「なら、聞くな」


沈黙。


それから、彼女は笑った。


柔らかく。

我慢強く。

譲らない笑み。


「こっちに来て」


「……何」


「来て」


彼は迷い、

それでも近づいた。


額が触れる。


「あなたは、どこにも属してないんじゃない」

彼女は囁く。

「留まると決めた場所が、居場所よ」


息が止まった。


ほんの一瞬、

信じてしまった。



刃が肩を裂いた。


アレンは咆哮した。


血が飛び散り、

エコーは間に合わなかった。


視界が揺れる。

現実と記憶が溶け合う。


神が立っていた。


『失われたものに縋る存在』


アレンは笑った。


壊れた笑いだ。


「未完にしたのは……お前らだ」


跳躍。


拳と裁きが衝突し、

空が裂ける。

肋骨が潰れ、内臓が壊れ、

再生が追いつかない。


それでも、前へ。



眠れない夜。


窓を叩く雨。

背中越しの体温。


「震えてる」

彼が呟く。


「冬の夢を見たの」

ルネスラは言った。

「星まで凍ってた」


彼は抱き寄せた。

「何も奪わせない」


彼女は小さく笑った。

「あなたは決められない」


それが、悔しかった。



槍が太腿を貫いた。


アレンは叫んだ。


痛みじゃない。


否定だ。


「やめろ……やめろぉ!!」


エコーが爆発し、

神は内側から崩壊した。


アレンは膝をつく。


口から血が溢れる。


手が震える。


「……あの夜」

「俺は……そばにいるべきだった」


天は赦さない。


ただ、圧だけを与える。


さらに降りる影。


処刑者。

観測者。

神の皮を被った臆病者。


『救えなかった』


その言葉が、何かを壊した。


アレンの顔が上がる。


紅ではない。

虚無の眼。


「言うな……」


立ち上がる。


一歩ずつ。

骨が音を立てて戻る。


「お前らは、彼女を殺したんじゃない」

「人間でいられた未来を……消した」


エコーが歪む。


大地が陥没する。


アレンは空へと飛び、

祈りではなく、告発として名を叫んだ。


「ルネスラァァァァ――!!」


天が、怯んだ。


そして――

長い沈黙の底で、


死ではない記憶が、

静かに目を覚ました。

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