第39章 ― 引き返せぬ境界

彼らは、もはや宙に留まってはいなかった。


それだけで、アレン・ノクティルには分かった。


神格存在が降下する時——

それは「監視」ではない。


異常だ。


砕けた空が痙攣し、残存する三つの存在が高度を落とした。

輪郭が鋭くなり、概念だった身体が“形”を持ち始める。


聖句と権威で編まれた装甲。

燃え上がる刻印。


裁定者ではない。

観測者でもない。


——処刑者。


アレンは壊れた肩を一度だけ回した。


骨が擦れ、

肉が悲鳴を上げる。


それでも、彼は笑った。


「……やっと本命か」


最初の処刑者が動いた。


宣告はない。

警告もない。


空間そのものが崩壊し、圧縮された神性の一撃が叩き落とされる。


アレンは避けなかった。


避けられなかった。


衝撃が地面を消し飛ばし、彼の身体は廃墟ごと深く叩き込まれた。

口から血が噴き出し、背骨がありえない角度で折れる。


静寂。


ほんの一瞬。


——バキン。


瓦礫が揺れ、

血塗れの手が突き出た。


骨が鳴りながら元に戻り、

エコーが悲鳴を上げる。


「……はっ、はっ……」


アレンは、笑った。


壊れた声で。

濡れた喉で。


「あれは……効いたな」


処刑者が武器を掲げる。

命令を凝縮した処刑刃。


『跪け』


言葉だけで、空気が潰れた。


アレンの脚が折れ、

靭帯が裂ける。


片膝をついた。


血が顔を伝い、土と混ざる。


——その瞬間だけは、

勝敗が決したように見えた。


アレンは顔を上げた。


紅い瞳が、刃よりも強く燃え上がる。


「……違う」


エコーが、内側へ爆ぜた。


外ではない。

内だ。


欠片。

悲鳴。

ルネスラが腕の中で死んだ記憶。


すべてを——引き込む。


圧が消えた。


アレンは立ち上がった。


触れられる前に、処刑刃が砕け散る。


処刑者が後退した。


遅すぎた。


アレンは消え、

次の瞬間、拳を胸に突き立てていた。


抵抗があった。


——一瞬だけ。


光が臓物のように溢れ出し、処刑者が悲鳴を上げる。

アレンは額を押し付け、囁いた。


「俺に……跪けなんて言うな」


そして、引き裂いた。


二体目が咆哮し突進する。


アレンは正面から迎え撃った。


空中で激突。


拳。

刃。

歯。


血が降る。

神の血も、人の血も。


腹を貫かれても、止まらない。


腕に噛みつき、引き千切る。

顎が砕け、即座に再生する。


「もっと叫べ!!」

「天に聞かせろ!!!」


三体目が、躊躇した。


それが、死だった。


死体を投げつけられ、両方が蒸発する。


再び、静寂。


残ったのは——一つ。


より高く、

より重く、

より古い存在。


声が、もはや遠くない。


『不可逆点を越えた』


血塗れのアレンが立ち尽くす。


彼は、小さく笑った。


「……上等だ」


割れた空を見上げる。


「とっくに越えてる」


天が、震えた。


そして遥か上空で——

何千年も動かなかった“何か”が、


ついに、

目を開いた。

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