第31章 —空が、ついに応えた夜

最初に悲鳴を上げたのは、空だった。


雷ではない。

稲妻でもない。


――悲鳴だ。


雲が腐った肉のように裂け、向こう側にいた“何か”が、

ついに我慢をやめたかのように空が割れた。


アレン・ノクティルは、見る前にそれを感じた。


胸が焼ける。


否――

魂が、焼ける。


内側のエコーが激しく暴れ、肋骨を内側から引き裂くように蠢いた。


「……チッ」


口から血を吐き、アレンはよろめきながら後退した。

砕けた石の上で靴が擦れる。


「……やっとか」


嗄れた声で呟き、紅い瞳を空へ向ける。


「……ようやく、気づいたか」


アクシオン記録区の上空が、内側へと潰れた。


空間が折り畳まれる。


次の瞬間――


“それ”が降り立った。


神ではない。

だが、完全でもない。


――使徒。


砕けた翼と蒼白な光で構成された存在が地面に叩きつけられ、

衝撃波が広場を消し飛ばした。


学生たちが叫ぶ。

研究員が逃げ惑う。

コンクリートが粉砕される。


その中心で、アレンは動かなかった。


六つの砕けた光輪が、壊れた機械のように回転する。


『未登録存在を検知』


それは音ではない。

“裁定”だった。


『識別不能』

『脅威レベル:未定義』

『指令:排除』


アレンは笑った。


静かではない。

理性的でもない。


――やっと、何かが“正しくなった”ような笑いだった。


「未定義?」


血を垂らしながら吐き捨てる。


「それだけ言うために来たのかよ!!」


地面が割れる。


記録核が悲鳴を上げる。


【警告】

【エコー過負荷】

【魂安定度:危険域】


「黙れッ!!」


頭を掴み、血管を浮き上がらせながら叫ぶ。


「助けろなんて頼んでねぇ!!」


使徒が動いた。


速すぎた。


凝縮された神性の槍が、アレンの肩を貫いた。


血が弾ける。


「AAAAAAAGHHHH――!!」


瓦礫の中を転がり、視界が揺れる。


『目標負傷』

『処刑プロトコル――』


「……違う」


その声は、刃のように空気を切った。


アレンは立ち上がる。


片腕は動かない。

血に染まったコート。

乱れた呼吸。


だが――

笑っていた。


「もうプロトコルは要らねぇ」

「もう天も要らねぇ」


エコーが爆ぜた。


現実が、歪む。


使徒が止まった。


初めて――


“恐怖”が記録された。


アレンは消えた。


次の瞬間、使徒の目前に現れる。


光と骨をまとめて貫く。


「これはなァ!!」


心臓のような何かを握り潰しながら叫ぶ。


「彼女のためだァァァ!!!」


爆発が広場を消した。


静寂。


残ったのは、

溶けたガラスと血と――沈黙。


アレンは片膝をつき、激しく咳き込んだ。


手が震える。

視界が滲む。


それでも――


空は、もう誤魔化していなかった。


「……いい」


血走った目で空を睨む。


「次は、もっと早く来い」


その頃――

人の空の外で。


神々は、初めて恐怖を知った。

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