第22章——罪の輪郭

沈黙は、消えなかった。


濃くなった。


アレンは立ったまま動かなかった。

脚が痛みを訴え始めても、床に根を張ったように。

部屋はいつの間にか狭くなっていて、壁が視界の外で迫っている気がした。

呼吸するたび、肋骨の内側を擦る。


彼は顔に手を当てた。


温かい。


現実だ。


「……俺は、まだ生きてる」


言葉を確かめるように呟く。


慰めにはならなかった。


苛立ちだけが残った。


一歩。

二歩。


床が軋み、その音がやけに大きく響く。

世界は彼を無視してくれない。

それが、たまらなく腹立たしかった。


「迷いもなかった」

アレンは低く吐き捨てる。

「裁きも説明もなく……ただ“決めただけだ”」


爪が掌に食い込む。


閃光――

白い光、畳まれる翼、落ちていく身体。


息が詰まり、よろめく。


「……やめろ」


記憶は止まらない。


ルネスラは、叫ばなかった。


それが、一番きつかった。


彼女は彼を見ていた。


恐怖でもなく、

助けを乞うでもなく、


ただ……謝るように。


アレンは拳を壁に叩きつけた。


鋭い衝撃音。

拳に走る激痛。

皮膚が裂け、血が滴る。


――いい。


痛みは、輪郭だ。

痛みは、まだ何かが反応している証拠だ。


彼は、また笑った。

今度は少し大きく。


歪んで、壊れた、息だけの音。


「……それで終わりか?」

虚空に問いかける。

「それが、天の正義か?」


笑いは崩れ、音にもならない呼気へと変わる。


「忠誠を捧げた」

「沈黙を守った」

「求められたものは、全部差し出した」


声が、割れた。


「……それでも、彼女を奪った」


内側で、何かが動いた。


力じゃない。


方向だ。


アレンはゆっくりと背筋を伸ばし、

血に染まった手を気にも留めず、コートで拭った。


「いいだろ」


静かな声。


「この世界が“罪人”を求めるなら……」


紅い瞳が持ち上がる。


もう揺れていない。


「……俺がなってやる」


部屋の外で、

何か見えないものが、後ずさった。


堕ちてから初めて――


アレン・ノクティルは、待つのをやめた。

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