第21章――叫び始める沈黙

アレン・ノクティルは、叫ばなかった。


それが、最初に彼を恐れさせた。


狭い部屋の中、壁にもたれ、膝を抱えて座る。

天井の灯りが微かに明滅し、存在すること自体を拒んでいるかのように唸っていた。


呼吸は落ち着いている。


――落ち着きすぎている。


「……おかしいだろ」


小さく、呟く。


返事はない。


あるはずがなかった。


彼は頭を後ろに預け、焦点の合わない目で天井を見つめた。

ルネスラの姿は一気には現れない。

いつも断片的だ。

言葉のない声、形のない温度。


そして――

そこにあるはずだった“空白”。


指が床に食い込む。


さらに、強く。


「何か言えよ」

アレンは虚空に吐き捨てた。

「いつもみたいに、皮肉の一つでもさ」


レコードコアは沈黙したまま。


システムも反応しない。


嘲笑もない。

訂正もない。

彼が“まだ存在している”という確認すらない。


アレンは、笑った。


途中でひび割れ、短く、醜い音に変わる。


「……だろうな」


彼は立ち上がった。

一瞬、足元が揺らぐ。

背後で椅子が大きな音を立てて擦れ、その響きが異様に大きく感じられた。


「裁いたんだ」

声が、わずかに強くなる。

「彼女を処刑して、それを“均衡”って呼んだ」


胸に手を当てる。


そこには何もない。


神核も。

封印も。

彼が“何者だったか”を証明するものすら。


それでも、指は食い込んだ。


「ちゃんと憎むことすら許されなかった」

囁く声が震える。

「どれだけ不公平かわかるか?」


肩が震えた。


一度。


そして、止まる。


アレンは背筋を伸ばした。


ほんの一瞬――

危険なほどに、彼は“空”になった。

虚無でも、破壊でもない。


空白。


それが一番、悪かった。


手が震え始める。


ゆっくり。

確実に。

否定できないほどに。


アレンはそれを見つめ、わずかに目を見開いた。


「……ここからか」


怒りではない。

復讐でもない。


爆発の前に蓄積される圧力。


外では、人が歩き、笑い、世界は何事もなかったように続いていく。


だが、アレン・ノクティルの内側で――

古く、忍耐深い“何か”が、静かに体勢を変えた。


そして、ルネスラが堕ちて以来初めて――


沈黙が、軋んだ。

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