第20章――意味を失った痛み
痛みは、やがて声を失った。
その瞬間、アレン・ノクティルは悟った。
地獄が、やり方を変えたのだ。
幻覚はない。
ルネスラもいない。
記憶の再生すらない。
あるのは――感覚だけ。
アレンは回廊の中央に浮かされていた。
腕を広げたまま。
鎖はない。
拘束もない。
ただ、空間そのものが彼を固定していた。
最初の圧迫は、予兆なく訪れた。
刃ではない。
牙でもない。
内側から。
肋骨が内側に押し潰され、
肺を壊す寸前で止まる。
息が詰まる。
圧は消える。
そして――戻る。
また。
また。
また。
規則性はない。
予測もできない。
ただ、次を待つ時間だけが、
神経を腐らせていく。
彼は最初、叫んだ。
罵り、
懇願し、
笑った。
やがて――
どれも無意味だと学んだ。
「意識はまだ維持されている」
声が淡々と告げる。
「評価に値する」
視界が歪む。
血が無重力の粒となって漂う。
傷は塞がらない。
だが、終わりもしない。
「……なぜだ」
掠れた声が漏れる。
「殺さないなら……なぜ……」
沈黙。
やがて――
「意味のある痛みは、決意を生む」
「意味のない痛みは、服従を生む」
アレンの胸で、何かが捻じれた。
歯を食いしばり、
一本、砕けた。
「……違う」
彼は囁いた。
「教えてるのは、別のことだ」
圧が再び襲う。
今度は、強烈に。
骨が軋み、
臓器が悲鳴を上げる。
だが――
アレンは叫ばなかった。
集中する。
間隔。
流れ。
無秩序にも、限界があること。
圧が解けた瞬間、彼は言った。
「……お前、怖いんだろ」
回廊が震えた。
声は、答えない。
アレンは笑った。
血に塗れ、壊れかけた笑み。
「俺を壊したくない」
「折りたいだけだ」
紅い瞳が燃える。
力ではない。
拒絶で。
「よく聞け」
彼は続けた。
「俺は、従わない」
回廊が激しく歪む。
全方向から、痛みが爆ぜた。
そして初めて――
アレンは、笑った。
狂気でもなく。
絶望でもなく。
静かに。
明確に。
意味を失った痛みが、
敗北した瞬間だった。
地獄は――それを理解した。
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