第17章――火なき地獄

地獄は、燃えなかった。


それが、アレン・ノクティルが最初に信じていた嘘だった。


炎はない。

叫びの川もない。

鉤爪を持った悪魔もいない。


あるのは、反復だけだった。


彼は立ったまま目覚める。


いつも、立っている。


灰色の石の大地が果てなく広がり、

空には色も、星も、動きもない。

風もない。

音もない。


ただ一つを除いて。


「告白しろ」


それは口から発せられた声ではなかった。

空間そのものから響いた。


アレンの膝が崩れた。


「……やってない」

嗄れた声が漏れる。

喉は、何日も叫び続けたかのように裂けていた。


世界が、リセットされる。


彼は再び立っていた。


無傷で。

変わらず。

赦されず。


「告白しろ」


日も夜も存在しない。


あるのは循環だけ。


時折、景色が変わった。


ルネスラが現れる。


死んでいない。

傷ついてもいない。


微笑んでいる。


彼が考えすぎている時、

いつも向けてくれた、あの笑顔で。


「アレン」

彼女は優しく言う。

「どうして、認めてくれないの?」


心が、音を立てて壊れる。


「……俺は、君を傷つけない」

彼は囁く。

「愛していた」


笑みが消える。


瞳から光が失われる。


「あなたが、私を殺した」


景色が崩壊する。


再び、灰の大地。


「告白しろ」


その時、彼は叫んだ。


言葉ではない。

否定でもない。


ただの、音。


声帯が裂け、声が消えても、

世界は待ち続けた。


また。


また。


また。


いつから数えるのをやめたのか、分からない。


記憶の輪郭が、少しずつ曖昧になる。

顔が薄れ、

時間が歪む。


だが、一つだけ鮮明なものがあった。


不正義。


「……誰も、聞こうとしなかった」

彼は呟く。

「真実なんて、最初からいらなかったんだ」


笑い声がした。


小さく。

遠く。

興味深そうに。


「その通りだ」


アレンは凍りついた。


それは、初めての変化だった。


虚無の中から、

形を持たない“存在”が現れる。


「お前は罰を受けているのではない」

穏やかな声が言う。

「消去されているのだ」


アレンは拳を握り締めた。


「……なら、なぜ俺はまだ意識がある」


一瞬の沈黙。


「不都合なほど、しぶといからだ」


世界が、再びリセットされる。


だが今回は――


何かが残った。


彼の思考に絡みつく囁き。


責めない。

命じない。


ただ、観察している。


そして堕ちてから初めて――


アレンは恐怖を覚えた。


痛みではない。


“無”になることへの恐怖を。


そして地獄の外、

天が存在を否定した場所で――


虚無は、耳を澄ませていた。

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