第十五章 ― 何も答えなかった沈黙
その広間は、正義にはあまりにも広すぎた。
白い大理石が、アレン・ノクティルの膝の下に果てしなく広がり、
磨き抜かれた床は空を映していた。
――だが、その空は彼を見返そうとしなかった。
天使たちは整然と並んで立っていた。
白い翼。
清潔な光輪。
感情のない表情。
誰一人、彼の目を見なかった。
光の鎖がアレンを縛りつけていた。
痛みはない。
それが、何より残酷だった。
痛みなら叫べた。
だが、これは叫びようがない。
「……彼女は、死んだ」
言葉は、虚しく落ちた。
「死んだんだ!」
アレンは声を荒げた。喉が割れた。
「ルネスラは死んだ! 誰か言え! 何か言えよ!」
沈黙。
彼女が倒れた瞬間、季節は止まった。
春は来なかった。
夏は温もりを失った。
秋は嘆かず、
冬は彼女を埋葬しなかった。
それでも、天界は完璧だった。
汚れ一つなく。
「答えてくれ……」
アレンは懇願した。
命令でも、
脅しでもなく――
懇願だった。
「俺は彼女と一緒だった」
震える息で言った。
「一度も離れなかった。彼女のためなら、死ねた」
視界が滲む。
「今でも……死ねる」
一人の存在が前に出た。
管理者(ケアテイカー)。
古く、
翼を持たず、
神でも天使でもない――ただの“証人”。
アレンの胸が締めつけられた。
「見てただろ……」
囁くように言う。
「お前は全部見てきた。言ってくれ」
哀れな希望が、胸に芽生える。
「俺じゃないって……言ってくれ」
管理者は立ち止まり、
彼を見つめ、
――何も言わなかった。
その瞬間、アレンの中で何かが崩れた。
砕けたのではない。
崩壊したのだ。
獣のような叫びが胸から引き裂かれる。
天界に似つかわしくない、壊れた声。
「見ろよ!!」
光がひび割れ、
床の大理石が砕ける。
「これが――お前たちのしたことだ!!」
喉が焼け、
唇に血が滲んだ。
それでも、誰も動かなかった。
誰も、口を開かなかった。
裁定は囁きなく交わされ、
判決は声なきまま下された。
アレンは、笑った。
壊れた、嗄れた笑い声で。
「……なるほどな」
掠れ声で呟く。
「真実はいらない。ただ“死体”が欲しいだけか」
翼が震えた。
そして――
引き裂かれた。
遅すぎる苦痛が襲う。
白い翼は灰となって崩れ落ちた。
アレンは再び叫んだ。
今度は――
天界が、聞いた。
慈悲ではなく、
裁きとして。
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