第14章:誰も聞いていない裁判

裁判は、

アレン・ノクティルが壊れた後に始まった。


それが、彼が最初に理解したことだった。


劇的な開廷はない。

罪の宣告もない。

説明すらない。


ただ、進行があるだけだった。


光のパネルが法廷を再構成し、

座席が動き、

観測者たちが前のめりになる。


まるで――

すべてが“正常”であるかのように。


まるで――

これが“正義”であるかのように。


アレンは膝をついたままだった。


跪かされたわけではない。

脚が、もう彼を信じていなかっただけだ。


「証言を開始せよ」


遍在する声が告げる。


一人の天使が立ち上がった。

白と金に身を包み、翼は清潔で、表情は穏やかだった。


管理者階級。


「被告は、女神ルネスラに対し異常な執着を示していました」


アレンの顔が跳ね上がる。


「俺は――」


「割り込みを検知」

「制裁カウントを増加」


アレンは口を閉ざした。


天使は淡々と続ける。


「制限区域の文書館に頻繁に出入り」

「許可時間を超えた接触」

「感情的依存」


依存。


その言葉が、胸を焼いた。


別の存在が立つ。


「被告の存在は、季節記録の不安定化と一致します」


また一人。


「黒翼の異常体は、過去において災厄と相関しています」


さらに一人。


「彼は、最後に生存状態の女神と接触した存在です」


アレンの呼吸が浅くなる。


次々と続く証言。


嘘ではない。


だが、

切り取られた事実。

文脈を奪われた観測。


誰も、彼がなぜ本を読んでいたかを問わない。

誰も、彼女がなぜそばに置いたのかを語らない。

彼女が笑ったことも、

彼を信じたことも、

彼女が“選んだ”ことも。


「被告に発言の意思はあるか」


初めて、

アレンに発言権が与えられた。


彼はゆっくりと顔を上げた。


「……ある」


声は震えていたが、必死に抑えた。


「俺は、彼女を愛していた」


法廷が静まる。


同情ではない。

苛立ちだ。


「無関係である」


アレンは瞬きをした。


「……何だって?」


「感情は因果を否定しない」


胸の奥で、また何かが折れた。


「彼女は変数じゃない」

アレンの声が強くなる。

「部品でもない!」

「彼女は――」


「感情的逸脱を検知」


拳を握り締めすぎて、掌に爪が食い込む。


「近接だの異常だの言うが」

彼は続けた。

「誰一人、あの夜、彼女が泣いていた理由を聞かなかった」


沈黙。


冷たく、

動かない沈黙。


「記録が改変された理由も」

「誰が触れたかも」

「彼女の死で得をする存在も」


肩が震える。


「……俺が簡単だったからだ」

アレンは呟いた。

「違っていたからだ」

「俺を犯人にすれば、自分たちを見なくて済む」


返答はなかった。


否定もない。


ただ――


「主張を記録」

「関連性は否定」


アレンは、空虚に笑った。


「つまり」

彼は低く言った。

「最初から真実なんて要らなかった」


声は否定しなかった。


「審理工程終了」

「評決を確定」


アレンは凍りついた。


「……確定?」

「まだ何も――」


「刑罰宣告へ移行」


その言葉は、

彼が気づかないふりをしていた希望を

完全に踏み潰した。


光のパネルが退いていく中、

アレンは俯いた。


服従ではない。


疲弊だった。


その瞬間、

彼ははっきり理解した。


これは裁判じゃない。


これは儀式だ。


そして彼は、

最初から無傷で終わる予定ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る