第13章:裁かれる前に、決められていた
法廷は、静かすぎた。
敬意のある静けさではない。
神聖な沈黙でもない。
最初から結論が決まっていて、
被告がそれを理解するのを待っているだけの――
そんな静けさだった。
アレン・ノクティルは、法廷の中央に立っていた。
手首と足首には淡い光の鎖が巻きついている。
重くもなく、痛みもない。
それが逆に、恐ろしかった。
これは拘束ではない。
宣告だ。
――動くな。
――話すな。
――お前は重要ではない。
天井は異様なほど高く、
白い石と結晶が重なり合い、
神聖さを演出するためだけの光を反射していた。
アレンには、ただ冷たく感じられた。
周囲を囲むのは、無数の存在。
天使。
管理者。
観測者。
白い翼。
金の装飾。
感情のない目。
知っている顔は、ひとつもなかった。
――ルネスラはいない。
喉が締め付けられる。
「識別名を述べよ」
声は、誰かから発せられたものではなかった。
空間そのものが、語りかけてくる。
アレンはゆっくりと顔を上げた。
「……アレン・ノクティル」
法廷に、ざわめきが走る。
驚きではない。
“認識”だ。
「女神ルネスラの従属存在」
「死亡地点に居合わせた者」
「最後に接触した個体」
アレンの指が、強く握られる。
「死亡?」彼は掠れた声で言った。
「殺された、だろ」
沈黙。
そして――
「言語修正は却下された」
胸の奥で、何かが音を立てて壊れた。
「……却下?」
アレンは笑ってしまった。
乾いた、壊れた笑いだった。
「最初から決まってたんだろ」
声が、勝手に大きくなる。
「彼女は……彼女だけは――」
「感情的逸脱を検出」
「継続すれば制裁を加える」
アレンは言葉を失った。
しばらく、何も言えなかった。
それから、肩が震え始める。
「……制裁?」
彼は囁いた。
「俺の何を、まだ奪うつもりだ」
息が詰まる。
視界が滲む。
「彼女は、季節の意味を教えてくれた」
アレンの声は崩れていた。
「春は始まりじゃない。許しだって」
「冬は残酷じゃない。休息だって」
膝が折れかける。
鎖が締まり、無理やり立たされる。
「……お前たちを信じてたんだぞ」
アレンは周囲を睨みつけた。
「全員を」
ついに、誰かが口を開いた。
「黒翼の天使が、天に向かって声を荒げるな」
その瞬間だった。
アレンは叫んだ。
言葉ではない。
意味でもない。
喉が裂けるほどの――
ただの叫び。
法廷に反響し、
何人かが目を伏せた。
だが、大半は無反応だった。
叫びが途切れたとき、
アレンは荒く息をしていた。
涙が、勝手に頬を伝っていた。
「……もう決めたなら」
彼は静かに言った。
「なんで俺をここに立たせた」
返答はなかった。
「評決保留」
「中核評価を開始する」
アレンの目が見開かれる。
「やめろ……」
「そこに触るな」
遅すぎた。
足元から光が噴き上がる。
肉体ではない。
思考でもない。
もっと奥。
ルネスラの温もりが残る場所に――
“何か”が手を伸ばしてきた。
アレンは痙攣した。
胸が、内側から砕ける。
白く、圧倒的な痛み。
「やめろォォォ!!」
胸元に、光の亀裂が走る。
内側から、壊れていく。
血の味がした。
「記録崩壊を確認」
「処理を継続」
視界が割れる。
痛みの中で、
ひとつの考えだけが、何度も浮かんだ。
――彼女なら、立ち上がった。
それが、何よりも苦しかった。
光が引いたとき、
アレンは膝をついた。
息も絶え絶えで、
震えながら。
「審理終了」
「刑罰を宣告する」
アレンは顔を上げなかった。
上げられなかった。
もし上げたら――
懇願してしまう気がしたから。
天に、
そんな満足は与えない。
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