第11章 ― 空が歌うことを拒んだ日

四季祭は、何事もなく始まった。


それが最初の異常だった。


アクシオン記録区は光と動きに満ち、

行進は完璧な順序で進み、

紋様は予定通り起動し、

観測塔は理想的な調和値を記録していた。


春の風は定刻に訪れ、

夏の温もりが続き、

秋の静けさが降り、

冬は――待機していた。


すべてが機能している。


綺麗すぎるほどに。


アレン・ノクティルは上層テラスの端に立ち、

群衆から距離を取っていた。

風が吹いているはずなのに、

彼のコートは揺れない。


【環境安定度:最適】

【異常指数:0.02%】


「嘘だな」


下では、神々が微笑んでいる。


管理者が頷き合い、

観測者が調整を称え、

記録が更新され、

天界の均衡が確認される。


歪みなし。

揺らぎなし。

拒絶反応なし。


完璧な演出。


――それでも。


アレンの胸が締め付けられた。


昨夜の圧迫は消えていない。

鋭くなっている。


彼は空を見上げた。


明るい。

だが、違和感がある。


壊れてはいない。

躊躇っている。


歌う直前で、

息を止めたような空。


「……お前も感じてるな」


ルネスラは中央の祭壇に立っていた。

四季の礼装を纏い、

歩くたびに光の色が移ろう。


他者の目には、神々しい姿。


アレンの目には――


遠かった。


動作は正確。

表情は整っている。


整いすぎている。


【警告:感情乖離を検出】


「彼女を数値で測るな」


彼は群衆の中を進む。

誰も彼に気づかない。


歓声。

安堵。

信仰。


「天は安定した」

「女神が均衡を取り戻した」

「記憶に残る祭りだ」


アレンは立ち止まる。


――記憶。


その言葉が、

胸の奥を削った。


鐘が鳴る。


一度。


ルネスラが語る合図。


群衆が静まる。


彼女は手を上げた。


――だが。


何も起きない。


季節の共鳴も、

天の応答も、

空の反響も。


彼女の目に、

一瞬の揺らぎ。


すぐに消える。


再び、手を上げる。


空気が震えた。


力ではない。


拒絶だ。


アレンの視界が鋭くなる。


【システム警告】

【未登録干渉を検出】

【発生源:不明】


「下がれ」


空が僅かに暗くなる。


ほんの一瞬。

だが確実に。


管理者が眉をひそめ、

観測者が装置を調整する。


「軽微な遅延だ」

「再調整が必要だ」


ルネスラは手を下ろした。


群衆に微笑む。


その笑顔に――


アレンは見た。


恐怖を。


失敗への恐れではない。


“気づいた”者の顔。


二人の視線が交差する。


彼女の唇が動く。


音はない。


――逃げて。


鐘が再び鳴った。


今度は――


ひび割れた。

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