第7章 ― 天が微笑んだ日

朝は、あまりにも穏やかに訪れた。


温かな陽光が天界を包み込み、浮遊する回廊と水晶の橋を黄金色に染め上げる。

幾重にも重なる鐘の音が風に乗り、空都全体へと広がっていった。


季節祭の始まりだった。


アクシオン記録区の塔という塔から、白と淡青の旗が垂れ下がる。

幻影の花弁――春の緑、夏の金、秋の琥珀、冬の銀――が空を舞い、地に触れる前に溶けて消えていく。


美しかった。


だからこそ、不気味だった。


アレン・ノクティルは高台の縁に立ち、下で集う天使たちを見下ろしていた。

笑い声。

羽音。

期待と些細な不満が入り混じる会話。


恐怖の色は、どこにもない。


誰一人、空を見上げようとしなかった。


「……本当に祝ってるな」


【観測】

【集団感情指数:安定】

【脅威認識:極小】


アレンの顎が僅かに強張る。


「誰にとっての“極小”だ?」


システムは応答しなかった。


彼は群衆の中を歩く。

無視されるわけでも、完全に溶け込むわけでもない。

黒翼は禁忌ではない――だが、記憶されている。


周囲の微笑みが、どれも作られたものに見えた。


中央広場。

季節の大アーチの下に、ルネスラが立っていた。


彼女は冠を戴いていない。


いつもそうだった。


銀白の髪が背に流れ、月光の雪のように輝く。

その表情は穏やかで、優しすぎた。

生命の循環を司る者としては。


彼女はアレンに気づき、柔らかく目を細めた。


「来てくれたのね、アレン」


「見逃したくなかった」


嘘ではなかった。


ただ、胸の重みが増すとは思っていなかった。


「嬉しそうじゃないわね」


彼は一瞬、言葉を探した。


「こういう日は苦手だ」

「……演出された平和に見える」


ルネスラの微笑みが、ほんの一拍だけ揺れた。


そして、静かに笑う。


「あなたは、いつも皆が見ないものを見る」


褒め言葉ではない。


周囲には、一定距離を保つ白装束の天使たち。

儀礼の装いとは裏腹に、視線は鋭く、配置は正確だった。

見えない結界のように、彼女を囲んでいる。


アレンは、彼女の視線を追った。


「……感じてるんだな」


「ええ。でも今日は、恐れる日じゃないわ」


彼女はそっと彼の襟元のリボンを整えた。

群衆に紛れた、あまりにもささやかな仕草。


「近くにいて」


囁き。


再び、鐘が鳴る。

今度は、先ほどよりも高く、強く。


季節祭は正式に始まった。


歓声が広場を満たす。

季節のアーチに光が満ちる。


そして――

祝福に沸く誰一人として気づかぬまま、

遥か上空で観測陣列が同期を完了する。


照準は、ただ一人。


ルネスラだけに向けられていた。

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