第4章 ― 天界が視線を向ける時

制限は、静かに始まった。


告知はない。

光に刻まれる勅令もない。

ただ——開かなくなった扉があった。


最初に気づいたのは、

東側書庫が彼を認識しなかった時だ。

扉枠の紋様が淡く沈み、

存在照合が失敗したかのように応答を拒む。


「……なるほどな」


アレン・ノクティルは低く呟いた。


別の通路を試す。

さらに別の区画へ。


拒否はどれも礼儀正しく、

完全で、

取り消し不能だった。


正午までに、答えは出た。


天界は彼を拘束していない。


“狭めた”のだ。


中央回廊を歩くアレンの背に、

いつもの視線が絡む。

だが、質が違う。


見ているのではない。


測っている。


上位聖域の境界には、

本来一人で足りる監視者が二人立っていた。

視線が、規定より長く留まる。


アレンは立ち止まった。


「何か違反でも?」


二人は視線を交わす。


「いいえ」

「まだ、です」


その言葉が、胸に残った。


内庭で、

アレンはルネスラを見つけた。

周期に従って咲く神造の花々の中、

彼女は動かずに立っていた。


「感じてるな」

アレンは言った。


彼女は振り向かない。


「側仕えが交代になったわ」

「四人とも。一時的に、って」


アレンの顎が強張る。


「それは一時的じゃない」


ルネスラは、ゆっくり息を吐いた。


「非公式な接触を控えるよう求められた」

「“儀式の明瞭化”のために、ですって」


沈黙が落ちる。


「隔離だな」

アレンが言う。


「私たちを、よ」

彼女は訂正した。


声を落として、

アレンは一歩近づく。


「統一の祝祭なら、なぜ今だ?」


ルネスラは、ようやく彼を見た。


「統一には、管理が必要だから」

「管理は——変数を恐れる」


彼女の視線が、彼を射抜く。


「あなたは、変数よ」


アレンは微かに笑った。


「奇遇だ」

「俺も、同じことを考えてた」


庭園の光が、一度だけ揺れた。


すぐに安定する。


二人とも、触れなかった。


その夜、

アレンは“呼ばれた”。


正式ではない。

強制でもない。


存在しなかった回廊が開き、

祝祭殿から、

空から、

下へと続いていた。


管理者が、そこにいた。


「観測対象になっている」

管理者は言う。


「分かってる」

アレンは腕を組む。


「告発はされていない」


「まだな」


否定はなかった。


「去るべきか?」

アレンは問う。


管理者の翼が、わずかに揺れる。


「そうすれば」

彼は言った。

「結論は、お前抜きで出る」


アレンは静かに笑った。


「もう出てるだろ」


管理者は長く彼を見た。


「祝祭には気をつけろ」

「光るものすべてが、見られるためにあるわけじゃない」


その夜、

アレンは再び自室の境界に立った。


星々が揺れる。


多すぎる。

不規則すぎる。


背後で、

ルネスラが扉口に立っていた。

中には入らない。


「もう別々に見られてる」

彼女は言う。


アレンは頷いた。


「なら、適応する」


彼女は、少し迷った。


「アレン……もし何か起きたら——」


彼は振り返る。


「起きない」

「俺が、そこにいる」


彼女は微笑んだ。


その一瞬、

天界は迷った。


見ているのが獲物なのか、


それとも——

抵抗の始まりなのかを。

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