第3章 ― 来るはずのなかった祝祭
天界は、祝おうとしていた。
それ自体が、警告であるべきだった。
夜明けと共に、告知は上層全域に響き渡った。
使者ではない。
共鳴そのものが、すべての翼ある意識へ直接届いた。
【全天界秩序への通達】
【周期祭を七巡後に執り行う】
七。
書庫の外、回廊の縁に立つアレン・ノクティルは、
雲海を見下ろしながら、
その数字を受け止めた。
「……七、か」
背後で、紙が閉じられる音。
「あなたも感じたのね」
ルネスラだった。
振り返ると、彼女は本を閉じていたが、
その瞳は緩んでいない。
「時期が悪すぎる」
アレンは言った。
「不穏が広がっている。皆、分かってる」
「だからこそ、祝うのよ」
ルネスラは静かに答えた。
「天界は儀式を中止しない」
「伝統の下に、不安を埋めるだけ」
アレンは再び空を見る。
祝祭は調和の象徴。
循環。
継続。
だが、循環は——
過ちも繰り返す。
「参加するのか?」
アレンは尋ねた。
ルネスラは一瞬、言葉を選んだ。
「女神としては、出席義務がある」
「でも……私自身としては、避けたい」
そして、彼を見た。
「あなたは?」
アレンは微かに笑う。
「行くさ」
「姿を消したら、余計に騒がれる」
ルネスラは、笑わなかった。
その日の午後、
囁きはより露骨になった。
音になる前から分かる。
視線が絡み、
近づくと会話が割れる。
「彼が出るって?」
「女神と?」
「許されるのか?」
許される。
その言葉が、胸を焼く。
下層聖域を結ぶ細道に入った時、
再び“あの存在”が現れた。
管理者。
影が不自然に歪む場所に立ち、
銀翼を畳み、
表情は読めない。
「随分と、堂々としているな」
管理者は言った。
アレンは足を止めた。
「制限は受けていません」
「それが、変わる可能性はある」
アレンは、真っ直ぐに見返す。
「警告ですか」
管理者は、長く彼を観察した。
「……観測だ」
「祝祭は、平穏の裏を暴く」
そう告げると、
彼は光へと溶けた。
その夜、
アレンは眠れなかった。
自室の境界に立ち、
天界の幕の向こうに瞬く星を見上げる。
星々は、不自然に揺れている。
まるで、向こう側から何かが
こちらを覗こうとしているかのように。
背後で、足音。
「まだ起きてたの?」
ルネスラ。
腕を緩く組み、
不安を隠しきれない表情で立っていた。
「嫌な予感がする」
彼女は言った。
「整いすぎている。早すぎる」
アレンは頷く。
「なら、約束してくれ」
彼は言った。
彼女は目を向ける。
「祝祭が始まったら……一人で立たないでくれ」
一瞬、
ルネスラは驚いたように目を見開いた。
そして、
小さく、心からの笑みを浮かべた。
「それ、私が言おうとしてた」
その遥か上空で、
見えない機構が回り始める。
規則がずれ、
視線が定まる。
そして天界は、祝おうとしていた。
それが——
すべてが壊れる前の、
最後の祝祭になるとも知らずに。
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