第5話:鋼鉄の翼と浮遊要塞(ウィングス・アンド・フォートレス)
2325年12月31日、正午。 ネオ・オカヤマに、偽りの太陽が昇る。
空を覆う酸性雨の雲は重く垂れ下がり、その隙間から漏れ出す光は、街の排熱と有害物質が混ざり合った「デッド・クラウド」に乱反射して、毒々しい黄色に輝いていた。 街の全域に発令された緊急事態宣言により、地上レベルの交通網は完全に停止。 代わりに、ONIウイルスに感染した無人ドローンたちが、鴉(カラス)の群れのように空を旋回し、不気味な電子音を街中に撒き散らしている。
「……ここが、おじさんたちの秘密基地?」
エンが、クシロの地下研究室に足を踏み入れ、ARマスク越しに周囲を見渡した。 そこは、最新鋭のサーバーラックと、古色蒼然としたハードウェアの残骸が奇跡的なバランスで同居する、エンジニアの聖域だった。
「ひゃあ、最高だね! このジャンク品に見えるパーツ、全部ヴィンテージの超高機能チップじゃないか! おじさん、どこでこんなの仕入れてきたの?」
「喋る暇があるなら手を動かせ、猿。……クシロ、連れてきたぞ」
キビツの声に応えるように、巨大なホログラム・ディスプレイの影から、クシロが姿を現した。 彼女は作業用のタンクトップに汚れたつなぎを腰で結び、額の汗を手の甲で拭った。 その手には、まだ熱を帯びたレーザー溶接機が握られている。
「……あら、思ったより可愛い助っ人ね。それが噂の『天才ハッカー』?」
「おばさん、見た目だけは綺麗だね。中身はキビツと同じくらい偏屈そうだけど」
エンが不敵に笑うと、クシロの隣に控えていた漆黒の巨躯が、威嚇するように喉を鳴らした。 サイボーグ犬、シロだ。 そのカメラアイが真っ赤に発光し、エンをロックオンする。
「うわっ、怖い怖い! これがさっき言ってた『シロ』か。……よろしくね、ポチ」
「ワンッ!」
シロはエンの呼びかけを完全に無視し、MOMOの隣へと移動した。 MOMOは無言でシロの頭を撫で、自身のシステムとシロの外部装甲を同期させていた。
「挨拶はそれまでよ。……MOMO、エン。すぐに始めて。ONIの通信パルスが、成層圏付近で急激に増大しているわ。最終的な『論理爆弾(ロジックボム)』の投下準備に入ったに違いない」
クシロがコンソールを叩くと、部屋の中央に巨大な立体地図が投影された。 それは、ネオ・オカヤマの上空をシミュレートしたものだが、ある一点だけがノイズで塗りつぶされている。
「ここだ」キビツがその空白を指差した。
「ONIの本拠地。政府軍から強奪された浮遊研究要塞、通称『鬼ヶ島』。光学迷彩と電波吸収素材(ステルス)で完全に姿を消している。……エン、お前の『猿の目』なら、こいつの尻尾を掴めるはずだ」
エンはARキーボードを展開し、空中で指を躍らせた。 「任せてよ。物理的に見えないなら、情報の歪みを逆探知すればいいだけさ」
MOMOもまた、コンソールに手を置いた。 「エンの逆探知を、私の並列処理でサポートします。……ビルド・開始」
二人の天才的なハッカーと、究極のプログラム。 三つの知性が融合し、情報の海を光速で駆け巡る。 モニターには、膨大なパケットの流れが等高線のように描かれ、やがてその一点に、不自然な「データの滞留」が発見された。
「見つけた……! 座標、高度3万フィート。雲の影に隠れて、ゆっくりと移動してる」
エンが叫ぶと同時に、ホログラムのノイズが晴れた。 そこに現れたのは、巨大な「角」を模した巨大なアンテナが突き出し、無数の砲門を備えた、禍々しい鋼鉄の要塞だった。
「……あんなところに、どうやって近づくつもりだ? 地上からのミサイルは全部ハッキングで撃ち落とされるし、近づく前に灰にされるよ」
エンが絶望的な声を出す。 だが、クシロは不敵な笑みを浮かべ、部屋の奥にある重厚なコンテナを指差した。
「そのために、最後のピースを用意しておいたわ」
クシロがスイッチを入れると、コンテナのロックが解除され、内側からプシュリと冷却ガスが噴き出した。 そこから現れたのは、鳥の翼を思わせる流線型のボディを持った、真っ白な偵察・電子戦用ドローンだった。
「偵察型自律ユニット、KIJI-01。……通称『キジ』。私の最高傑作よ」
ドローンが静かに浮上し、そのカメラアイが瞬きするように明滅した。 「……システム起動。マスター・クシロ、並びにキビツ博士。最終調整の完了を確認しました」
スピーカーから流れてきたのは、妙に気取った、少しばかり毒舌そうな青年の声だった。
「えっ、喋った!?」エンが驚いて顔を近づける。
「不躾に近づかないでいただけますか、そこの猿のような生命体。私の表面装甲は非常にデリケートなのです」
「なんだよ、この生意気な機械! 僕を猿呼ばわりするなんて!」
「事実を述べたまでです。……さて、MOMO。あなたとのリンク・プロトコルも準備できています。私があなたの『目』となり、鬼ヶ島の防壁を内側から食い破る鍵となりましょう」
キジがMOMOの周囲を優雅に旋回する。 これで、すべてのピースが揃った。
作成者のキビツ。 エンジニアのクシロ。 プログラムのMOMO。 盾のシロ。 矛のエン。 そして、翼のキジ。
キビツは全員を見渡し、懐から五つの小さなチップを取り出した。 それは、クシロと共同開発した、プログラムの処理能力を一時的に限界まで引き上げる禁断のオーバークロック・コード。
「『KIBI-Module(キビ・モジュール)』だ。……MOMO、シロ、エン、キジ。お前たちに、こいつを託す。……使いどころは一度きりだ。魂を燃やす準備はいいか」
「了解、マスター。……勝率は、50%まで上昇しました。……いえ、みなさんの熱量を含めれば、100%です」
MOMOが力強く答える。 その言葉を聞いて、キビツは満足げに頷いた。
「作戦開始は、2325年12月31日、22時。……新年を迎える前に、あの鬼の首を落とし、失われるはずの『人類の記憶』を奪還する。……出陣だ!」
地下室の天井が大きく開き、重厚なカタパルトがせり上がる。 シロが力強く吠え、エンはキーボードを叩き、キジは鋭い翼を広げた。 その中心で、MOMOは桃色の光を全身から放ち、天高く浮かぶ「鬼ヶ島」を見据えた。
「行っておいで、MOMO。……そして、みんな。……明日を、見せて」
クシロの祈るような声を背に、一行を乗せた強襲キャリアが、ネオンの夜空へと爆音を上げて飛び出した。 酸性雨を切り裂き、デッド・クラウドを突き抜け、彼らは死の要塞へと向かう。
2325年、最後の日。 世界が闇に消える前の、最後の光が空を駆けた。
第5話「鋼鉄の翼と浮遊要塞」 完
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