第5話 裏路地の熱暴走と、砕け散る木の壁
狭い路地裏の闇の中で、ルカの思考は沸騰していた。
逃げ場のない密室。背中は冷たいレンガの壁に、そして体の前面は、マイアのしなやかで暴力的なまでに肉感的な身体に挟まれている。
「ん……っ、ふぅ……。君、すごくいい匂いがするねぇ。騎士団の堅苦しい石鹸の匂いじゃなくて……もっと、甘い、ミルクみたいな……」
マイアがルカの首筋に顔を埋め、スンスンと鼻を鳴らす。
彼女の吐息がかかるたび、ルカの背筋に電流のような痺れが走った。
何よりルカを混乱させているのは、彼女が身につけているレザースーツの感触だった。
冷たく硬いはずの革が、彼女の体温で生々しいほどに熱を帯びている。そして、彼女が動くたびに、スーツが悲鳴を上げるように軋み、その下に隠された弾力のある肉体の形を露骨に伝えてくるのだ。
「あ、あの……マイアさん……く、苦しい、です……っ」
特に、ルカの太ももに押し付けられている、彼女の鍛え上げられた下半身の圧力が凄まじい。
健康的な太ももと、そこから繋がるボリューム満点のヒップラインが、狭い空間でルカを逃がさないように完全にロックしていた。
「苦しい? あはは、嘘おっしゃい。心臓、すごくドキドキしてるじゃないか」
マイアが意地悪く笑い、自分の胸をルカの胸板にさらに強く押し付ける。
ムニュリ、と形を変える彼女の豊かな胸の感触に、初心なルカは目を白黒させた。
「ひゃうっ!? ち、ちが……これは、その……っ!」
「違わないよ。……ねえ、ルカ君。アタシに盗まれて、ドキドキしちゃったんだろ? 正直に言いなよ」
琥珀色の瞳が、至近距離でルカを見つめる。
ルカは、その瞳の奥にある、獲物を狙う肉食獣のような光から目を逸らせなかった。
(……怖い。でも、この人も、僕を「必要」としてくれてるの……?)
前世の記憶が、また顔を出す。誰にも必要とされず、冷たい部屋で震えていた記憶。
それに比べれば、この息苦しいほどの熱気は、ルカにとってあまりにも甘美な「居場所」だった。
「……はい。ド、ドキドキ……してます。……だから、お願いです。僕を、置いていかないで……嫌わないでください……っ」
ルカが潤んだ瞳で、上目遣いにマイアを見つめる。
その無防備な降伏宣言を聞いた瞬間、マイアの余裕たっぷりの笑みが、ピタリと止まった。
「……っ、はぁ? なにその顔……。反則でしょ、それは……」
マイアの頬が、夜闇の中でも分かるほど朱に染まる。
ただのからかいのつもりだった。騎士団から面白いおもちゃを奪って、少し遊んでやるつもりだった。
なのに、この天使のような少年の、あまりに純粋で必死な「依存」が、盗賊としての彼女の琴線――いや、もっと奥深い「何か」を激しく掻き乱した。
『【愛の貯金箱】が反応。個体名:マイアの感情が「興味」から「独占欲」へ変質――』
『魔力流入量が急増。……警告。光の
ルカの背中が、カッと熱くなった。
先ほどまでの微光とは違う、はっきりとした黄金の輝きが、二人の隙間から溢れ出す。
「っ!? やば、光り出した!? ちょっと君、落ち着きなって! こんな所で光ったら……!」
マイアが慌ててルカの身体を自分のマントで隠そうとする。
だが、もう遅かった。
路地裏の闇を切り裂くように、黄金の光が漏れ出したその瞬間――。
ズドォォォン!!
二人が隠れていた路地裏の入り口を塞いでいた木箱の山が、凄まじい衝撃波で吹き飛んだ。
木片が舞い散る中、もうもうと立ち込める土煙の向こうに、鬼神の如き形相で立つ白銀の影があった。
「――見つけたぞ、泥棒猫ォォッ!!」
エルザだった。
彼女はインナー姿のまま、騎士団の制式剣を片手に、怒りで髪を逆立たせている。 そのライトブルーの瞳は、もはや人間のそれではなく、愛しい我が子を奪われた母獣の狂気を宿していた。
「ヒィッ!? だ、団長様、ご到着が早すぎるんじゃないのかい!?」
「問答無用! 私のルカを……私の天使を、その汚い腕から離せェェッ!!」
エルザが地面を蹴る。狭い路地裏を一瞬で詰め、その剣がマイアへと振り下ろされた。
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