第2話 銀翼の宿営地と、熱を帯びたお姉様方

 深い森の木々が拓けた先、篝火かがりびに照らされた『銀翼聖騎士団』の宿営地が姿を現した。


 整然と並ぶ白い天幕テント、夜風に乗って漂う鉄と汗、そして馬たちの嘶き。本来ならば武骨で峻厳なはずのその場所は、エルザが「何か」を腕に抱えて帰還した瞬間、一変して異様な熱気に包まれることとなった。


「団長! お戻りで……――っ!? な、何ですか、そのマントに包まれた尊い生き物は!?」


 見張りの女騎士が敬礼を忘れて声を上げた。


 エルザの厚いマントの隙間から、ルカの白く小さな顔が、不安げに外の様子を覗かせていたからだ。


 ルカが放つ【慈愛の残光】――それは、見る者の保護欲と独占欲を極限まで引き出す魔性の加護。


 日々、過酷な訓練と実戦に身を置く女騎士たちにとって、ルカの存在は砂漠に現れた神聖なオアシスのようなものだった。


「……天使? いや、精霊の化身か……?」

「なんて愛らしいんだ。あの潤んだ瞳を見てみろ、心臓が止まりそうだぞ!」

「団長、ずるいです! 私にも、私にもその子を抱っこさせてください!」


 一人、また一人と天幕から女騎士たちが這い出してくる。


 彼女たちの瞳には、戦場で見せる鋭さは微塵もなかった。代わりに宿っているのは、潤んだ情愛と、獲物を逃がさない捕食者のようなドロリとした執着心。


 屈強な女騎士たちが、ルカを囲むようにしてじわじわと距離を詰めてくる。


(……怖い。みんな、僕を見て笑ってるのに、なんだか……食べられちゃいそうな気がする)


 ルカは恐怖のあまり、エルザの首筋にギュッとしがみついた。


 その幼い仕草が、さらに女騎士たちの理性を焼き切る。


「団長の首にしがみついたわ! 羨ましい、代わりなさいよ!」

「あの震える小さな背中を、思いっきり抱きしめてあげたい……っ!」


 押し寄せる「愛」という名の圧力。


 ルカの胸の奥で、貯金箱がキィィンと高い音を立てて共鳴する。


『【愛の貯金箱】に周辺個体の「集団的執着」が流入。……魔力チャージ、定常値を大幅に超過しています』


「控えろ! この子はルカ。私が名を与えた、我ら騎士団の至宝だ」


 エルザが地を這うような低音で威嚇した。


 彼女はルカを誰の手にも触れさせまいと、さらに強くその身に引き寄せ、周囲を睥睨へいげいする。


「不敬な真似をする者は、たとえ部下でも容赦はせん。……道を開けろ。私はこの子を、清めねばならんのだ」


 エルザは殺気にも似た覇気を放ち、騎士たちの包囲網を力ずくで割ると、自身の巨大な専用天幕へとルカを連れ去った。




 エルザの専用天幕の中は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 軍用とは思えないほど上質な絨毯が敷かれ、微かに白百合の香香が漂っている。


「……怖かったな、ルカ。もう大丈夫だ。ここは私の聖域……誰一人として、貴方を傷つける者は入れさせない」


 エルザはルカをふかふかのソファに下ろすと、ようやく安堵の吐息を漏らした。  そして彼女は、自身の身体を覆う銀白の鎧を外し始めた。


 ガシャリ、ガシャリと重厚な金属音が天幕に響く。


 ルカはソファの隅で膝を抱えながら、その様子をぼんやりと見つめていた。


 やがて全ての鎧が脱ぎ捨てられたとき――初心な少年の心臓は、跳ね上がるような衝撃を受けた。


「あ……」


 現れたのは、白い薄手のインナー一枚になったエルザの姿だった。


 鎧を纏っていたときには想像もできなかったが、その身体は驚くほど肉感的だった。


 しなやかに引き締まった手足とは対照的に、腰回りは安産型を思わせるほど豊かな曲線を描き、そして何より――インナーの布地を内側から猛烈に押し広げる、重厚なまでの胸のボリューム。


 彼女が動くたびに、その「重み」がゆったりと、けれど暴力的なまでの存在感を持って揺れる。


 ルカは顔を火が出るほど赤くし、慌てて両手で顔を覆った。


「どうした、ルカ? ……ああ、汚れた身体が気持ち悪いのだな。今、身体を洗ってあげよう」


 エルザはルカの羞恥心など露知らず、大きなタライに温めた聖水を用意し、スポンジを手にした。


「さあ、服を脱ぎなさい。私が隅々まで綺麗にしてあげよう。汚れを落とせば、もっと愛らしくなるはずだわ」

「えっ、あ、あの……! 自分で、自分でできます! 大丈夫です!」


 ルカは必死に首を振り、ソファの端へと後ずさった。


 けれど、その小さな拒絶が、エルザの瞳の奥にある「愛」を、どろりとした執着へと変質させる。


「……自分で、できる? ……貴方は、私に触れられるのが嫌なのか?」


 エルザの声が、不自然に低くなった。


 彼女はルカの元へ歩み寄り、ソファを両手で挟むようにして彼を閉じ込める。  至近距離。エルザの豊かな胸が、ルカの鼻先を掠めるほどの距離。彼女の身体から立ち上る、雌の香りがルカを包み込む。


「嫌、じゃないです……。でも、恥ずかしくて……」

「恥じる必要などない。私は貴方の全てを管理し、愛し、守る者なのだから。……それとも、私の言うことが聞けないのか? ……嫌いになってしまうぞ?」


 ルカの背筋に、冷たい汗が流れた。

 「嫌いになる」という言葉。それは前世で彼を地獄に突き落とした、最も恐ろしい宣告だった。


「っ……! ご、ごめんなさい! 嫌わないでください……っ! 言うこと、聞きます。なんでもしますから……だから、捨てないでください……っ!」


 ルカは震える手で、自らの粗末な服のボタンに手を掛けた。


 その必死な、捨てられたくないという一心での完全服従。


 それを見たエルザは、頬を紅潮させ、恍惚とした吐息を漏らした。


「ああ……。そう、いい子ね、ルカ。……貴方はただ、私に委ねていればいいのよ……」


 ルカの服が脱がされ、その細く白い、折れそうな裸体が露わになる。


 エルザはルカを後ろから抱き込み、自らの豊かな胸で彼の背中を包み込むようにして、スポンジで優しく、けれど執拗にその肌を愛撫し始めた。


『【愛の貯金箱】が限界突破を確認。……【天使の羽】の第一階梯、完全覚醒。』


 ルカの背中が、黄金の光を放ち始める。


 それは、彼が一生、この「重すぎる愛」から逃げられないことを告げる産声だった。

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