タイムスリップスリップ事件

蒼碧

序.タイムスリップの噂

『どうやら、何者かがタイムマシーンの開発に成功したらしい。』

 そんな噂話が、裏世界を中心に急激に出回り始めたのは、つい2日前のことだ。


 フィクションの世界では有名なタイムマシーンだが、現状の科学技術ではそれは成し遂げられていない、というのが定説である。

 ところが、それがついに作られてしまったというのだ。

 しかも、非公表な形で。


 様々なフィクション作品の例を見るまでもなく、タイムマシーンの発明は、人間社会のありとあらゆるものを、一変させてしまう力がある。

 それこそ、産業革命時やインターネット普及時を、遥かに超えるシンギュラリティが齎されるだろう。

 人類に与えられる影響は計り知れない。


 だが、それは同時に、大いなる危険を孕んでいるとも言える。

 先の産業革命時も、インターネット普及時も、人々の生活は飛躍的に向上したが、それと同時に、計り知れない数の人間に死を齎したのも、また事実である。

 今回のタイムマシーン発明も、時間を超える以上、何らかの形で多くの人の死を齎す危険性がある。

 いや、死を齎すどころか、存在そのものをなかったことに出来る危険性すらある。

 延いては、人類そのものの存在を消すことも可能かもしれない。


 今回の出来事は、そのレベルのシンギュラリティなのだ。




「……で、それが本当なのか、俺に調べろってのか。」

 応接室のソファ型椅子に腰かけた男が、ダルそうに呟いた。

 見た目は着古したよれよれのスーツに、ネクタイを緩くつけただけの、ラフなのかフォーマルなのかわからない格好だ。

 年の頃は、30過ぎ。

 無精髭に整髪料なしで整えてある程度の髪という、あまり清潔感のない見た目である。


「そうだ。裏社会では名探偵と名高い、君の力を是非貸して頂きたい。」

 机越しに座っている男の身形は正反対である。

 見るからに高そうなスーツをビシッと着こなし、ポマードで整えられたオールバックの髪に、精悍な顔立ち。袖口に見え隠れする腕時計は、どう見ても100万は下らない。

 年のころは50前後で、名探偵と呼ばれた男より、かなり上だ。


「そんなもん、藤當とうどうさんのところの部下にやらせりゃいいじゃないですか。俺なんかより、よっぽど優秀な人が揃ってるでしょ。」

 名探偵と呼ばれた男は、溜息混じりに言った。


「それができるなら、ここには来ておらん。今回、噂の出所と思われる場所は、神間かんま周辺なのだ。」

「神間……そりゃまた、ディープなところで。」


 神間といえば、鎌倉時代創建とされる神間神社が鎮座していることで有名な場所だ。

 そのせいか、周辺の街は独特の雰囲気であり、一見普通に見える商店街の中に、正体不明の店や組織がたくさん潜んでいるとされている。

 その為、警察を始めとする公的な機関が、あまり関わろうとしないのだ。

 いや、関われないというのが正しいかもしれない。


「で、藤當さん達だと調べ辛いから、裏世界に鼻が利く俺に白羽の矢が立ったってわけか。」

「そういうことだ。もし、タイムマシーンの開発の真偽を一刻も早く確認し、事実ならすぐに我々で押さえなければならない。」

 藤當は厳しい調子で言った。


「そうかい。で、その“一刻も早く”の期限は?」

「明日、正午まで。」

「おいおい、もう24時間ちょっとしかないじゃないか。」

「だから、君にお願いしに来たんだ、名探偵。」


 名探偵と呼ばれた男は、もう一度溜息をつくと、徐に立ち上がった。

 立ってみると意外と背が高く、ひょろっとした体躯は、冬の広葉樹を思わせる。

 頭頂の位置は、藤當より頭半分は上だ。


「料金は高くつくけど、言い値でいいか?」

「勿論だ。その代わり、必ず明日正午までに、真相を報告してほしい。」


「わかった。まぁ、最初から俺に拒否権なんてないだろうからな。」

 名探偵と呼ばれた男は、相変わらずダルそうに伸びをすると、小さなリュックを1つ持って、歩き出した。

 が、その足が不意に止まる。


「あとさぁ、都合がいい時だけ、俺を名探偵って呼ぶの、やめてくれない?いつもは莢累さやるいって、普通に呼ぶくせに。」

「不快だったならすまんな。」

 藤當は悪びれもせずに返した。


「まぁ、別にいいけど。」

 どうせ無駄なのがわかっているのか、名探偵と呼ばれた莢累は、特に食い下がることもなく、その場を後にした。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

↓あとがきのようなもの↓

https://kakuyomu.jp/users/souheki/news/822139842418853680

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タイムスリップスリップ事件 蒼碧 @souheki

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