お肉のサラダボウル。

LucaVerce

お肉のサラダボウル。

 私達は1+1=1をこれから行う。バカだと思われるかもしれないが、本当に行われるのだ。結果次第ではイコール3ないし、稀に4とかになるかもしれないが、そうならないように、1+1の計算をしている間だけ、私達の間には、ここから先は不可侵な領域である事を意味する薄ーい膜に覆われる。そのおかげで私たちは物理的に隔てられる。


 私達は、服を着て、同じソファの上で2人で肩を並べて座っている。


「ねえ…いいよね…?」


 発情した短髪黒髪の霊長類が私の耳元で鼻息荒く興奮した様子で同意を求めてくる。しかし、定義が足りない。何に対して私の許可を求めているのだろうか。ここで私が「いいよ…バナナにトマトケチャップをかけても…」なんて言ったら、この小型サイズの大猩猩はバナナを汚された事に怒り散らかすんじゃないんだろうか。


 霊長類Aが私の利用規約に同意する前に、彼の唇が私の唇を捉えた。本来ここはご飯を食べるための器官である。何が悲しくてゴリラの舌を口に入れないといけないのか。


 大体雰囲気もへったくれもあったもんじゃない。いきなり接吻をするなんて、「僕は休日にラーメンを食べたらすぐに帰ります」って言ってるようなもんだ。せっかくの休日にどこにも寄り道せずに目的を達成したら即帰宅。こいつ絶対早漏だろ。まあ実際はクソほどの遅漏なのだが。


 こんな低偏差値な1+1=2みたいなキスじゃ、私はもう燃えないんだよ。


 0!+0!=2のように、私を驚かせる為にだけあるような、美しく、計算されたキスをしてほしい。


 私の呼吸器官を舌で塞いだ後、発情したゴリラは早く果物の果実を見たい様子である。タロイモが食べたいのかもしれない。私はタロイモのように皮を荒々しく剥かれる。


 なんて単純なんだ。遠回りをする楽しさを知らない。そしてどーせ今度は私の2つに実ったタロイモを揉みくちゃにして齧りつくんだろ?


 1+1=2くらい、単純な思考の結果だ。小卒か?ゴリラにしては賢い方か。


 どうせなら


 lim(x→0) (sin x / x) + log_e(e) = 2


 のほうがいい。


 結果同じ2だとしても、回りくどくして。


 もっとタロイモの繊維を見て。それを視線でなぞって。今度は、繊維と繊維の隙間を指でなぞって。指の腹じゃない。爪の甲側の爪で雛の翼のように私の溝をなぞって。でも爪は立てちゃダメ。痛いから。


 もっと遠回りして。時間をかけて撫でて。その後一番熱いところを触って。それが一番気持ちよくなれるの。


 そんな私の願望虚しくゴリラは最短距離で2に到達する。ゴリラに微積分は分かんねーか。


 そしてここからが長い。本っ当に長い。乳癌の検査なんかってくらい念入りに行われる作業。これはこの霊長類Aに限らず、どの男も長い。好きすぎだろ、タロイモ。こっちの身にもなってみろ。暇なんだよ。メルケル小体や、パチニ小体等の感覚受容器が反応するだけで、セロトニンもドーパミンもなんっにもでない。ハエが止まってんのと変わんないよこれ。


 ここで私はいつもの脳の体操を行う。


 3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 69399375105820974944 5923078164 0628620899 8628034825 34211706798214808651 3282306647 0938446095 5058223172 53594081284811174502 8410270193 8521105559 6446229489 54930381964428810975 6659334461 2847564823 3786783165 27120190914564856692 3460348610 4543266482 1339360726 1249192857


 300桁辺りから思い出すのが困難になってくる。4だったっけな…?8?


 ゴリラが2つのπを食べ終わると同時に私のπに関する記憶を巡る脳の旅も、終わりを告げる。毎回300桁あたりまでしか思い出せない。


 そしてゴリラの手は私の下腹部を伝い、その更に下側でトンネルの開通工事の準備を行う。そしてここからまた、身の毛もよだつ、いつもの恐ろしい呪いの儀式が始まる。


「虐めてあげるね…」


「感じてる顔…可愛いよ…」


「ここがいいんだろ…ほら…鳴けよ…」


 そのバカみたいな言葉責めをやめてくれないか?


 もうこれ以上私をいじめないでほしい。私が何をしたというのだ?今まで一つも、小さなものも含めて、罪を犯したことがないかと問われれば多分そんなことは無いんだろうが、かと言って全裸に剥かれて、その土地の農作物を食い荒らされ、挙句の果てに目の前で臭い息を浴びながら呪言を浴びせられる程ひどいことをした覚えはない。


 そして、感じてなどいない。感じていたとしてもそもそもそれを伝える意味が分からない。Xに「あなたは感じている。かわいい」を代入する意味を教えてほしい。私の出力結果は「そうなんですね」だ。何も建設的じゃない。バカのトートロジーだ。


 そして鳴かない。なんだ、鳴くって。ミーンミーン。これで良いのか?満足か?


 以前、このミンミンゼミにも、この霊長類Aのことを好きだった時期がある。それは昆虫類と哺乳類の壁を越えた奇跡だった。その時は私からも積極的に行為を誘っていた。色々な実験を繰り返し、施行してきた。その頃はまだ良かったな。


 ある夜、このゴリラに「言葉責めをしてほしい…」と頼まれたことがあったので「死ね」と伝えたら「そうゆうことじゃない」と言われた。最上級の責め言葉じゃないか、どう考えても。これでダメなら、これ以上何を言えばいいのか、当時の私には分からなかった。


 当時の私は、わけもわからず「死ね」と言ったが、今は明確に「死ね」と思ってる。


 ゴリラが私の不可視の殺意に構わず開通工事の準備を続ける。


「ねえ…声を聞かせて。」


 このままだと私が死ぬまで、聴覚情報の強制入力が繰り返されることになる。いやだ、死にたくない。私にはまだやり残したことがある。部屋の掃除とか、トイレの掃除とか。


 私は観念していつもと同じファルス・アラームを出す。


「あん…」


 ゴリラのゴリラがゴリラゴリラしている。チョロすぎなんだよ。お前この前は火災報知器の音にすら気づかなかったじゃねーか。ふざけんな。


 このゴリラは元々、ジャングルの中に流れるきれいな川とかで水浴びをしていたのだろう。その習慣が人間界に降り立ったあとでも消えていない。この前ホテルのシャワールームの扉を開けっ放しにしながら水浴び(湯)をしてやがった。シャワーの湯気が天井を伝い、火災報知器を鳴らした。


 いや、正直わかる。人間が悪い。森林を伐採したことにより、住処を追われて、木の上になる筈のバナナも実らなくなってしまった。これは、私達人間の責任だ。なので、人間界でこのゴリラの面倒を見なければいけない。これは仕方ない。しかし日本にはバナナのなる木は自然生息してなかったはず。こいつ、パプアニューギニアとかから泳いできたのか?あの、魔の海流を越えて?


 そうこうしているうちにゴリラがゴリラのドリルに安全装置を着ける。開通工事の準備が出来たのだろう。何を基準に判断しているのか知らないが。


「…入れるね…?」


 好きにしてくれ。ちなみにこの開通工事にはなんの意味もない。普通、トンネルというのは、山という巨大な質量を跨ぎ、向こう側の土地や人と交流を容易にするための、架け橋の役割をする為にある。


 しかしこのゴリラ作業員はなぜか、入口から掘り進んで行ったかと思えば、トンネルの向こう側を開通する直前で、後ろに下がる。入口付近まで下がったかと思えば、また向こう側に進んでいく。この無駄な作業を繰り返していくのだ。訳が分からない。


 ゴリラが無意味な前後運動を繰り返す。私は前後に揺れ、わざと苦しそうな、切なそうな表情をし、大きな誤報を鳴らす。ゴリラが喜ぶ。


 1+1=1の様になった私達の間には、0.05ミリの薄い膜以上に大きな乖離があり、イコールの先にある物が何なのか分からなくなる。


 窓から神様が私たちを覗いてくる。「ほうほう、やってるねぇ」とでも言ってそうな顔で自身の顎に手を当てて頷いている。私たちのセックスは何点ですか?神様。


 天井の照明を見る。この照明には扇風機の様な機能があり、ボタンを押すと羽が回る。そのお陰で6月くらいまではクーラーを点け無くても割と快適に過ごすことができる。でもそれは実は扇風機のおかげではなく、水滴の姿をした青い妖精のおかげだったりする。



 私はその快適な室内でネットを散策することにした。次の予定までの間。

 


 私はウェブに載っているネット小説をスクロールして読んでみることにする。スキマ時間に読むのに丁度いいと思ったから。


 ⋯つまらない。


 なんでどれもこれもA=A’の証明みたいなものばっかりなんだろう。別に、フェルマーの最終定理のように複雑で長い物語を読みたいわけではないんだけど、かと言って単純すぎる、ただ、言い換えただけの説明書を読みたいわけではないのだ。もっとページを超越して証明をしないといけない、そんな物語を私は読みたい。


 結局ネットの本棚の前で、何を読もうか悩むより、書店の本棚の前で何買おうか悩んでる時間の方が楽しいや。


 その後、私は出かける準備をする。そして早めに、ヘタをつままれてサラダボウルに入れられて体にトロットロのごまドレッシングをかけられる。


 そうすると、完熟トマトのトマ男が私に話しかけてくるのが常


「やあ、君はフリーラジカルなんだね。それだと周りに八つ当たりばっかりしちゃわない?それなら僕に、君の電子を預けてみない?」


 トマ男っていっつも実利的な言葉で気を引こうとする。女って生き物をまるでわかってない。大学生の女の子に「参考書、あるけど家来る?」って誘ってるようなものだ。


 私が言い返す


「自分のことを棚に上げてよく言うわ。植物学的には果物なのに、食卓では野菜のフリをして……。そんな、自分自身の定義すら『A=A'』で証明できない、どっちつかずのあんたの方が、よっぽど不安定なフリーラジカルじゃない?」


 私は日本刀を仕舞うように踵を返す


 トマ男が背後で「待っておくれ!それは僕の唯一のアイデンティティだぞ!」とわけのわからないことを言っている。お前、無人レジの時に野菜の方に分類されてるって知らないの?


 トマ男を置き去りにし、サラダボウルの中を練り歩く




 今度は⋯


 げ⋯あいつだ


 ⋯


 人参男が話しかけてきた。しかも輪切りにして蒸し焼きにされた後だ。胴体の切断と灼熱地獄を経験した後とは思えないようなさわやかな笑顔を見せてこちらに話しかけてくる。


「久しぶりだな…あんな油と一緒に摂取しないと吸収率の低い軟弱な「トマト」より、俺みたいにベータカロテンの含有量が多い男のほうがいいだろ⋯?」


 輪切りにされた人参の体内からベータカロテンという名の自信がこぼれ出ている。ロマンチストなのは別に悪くない。でもそれに至るのはまだ早い。二人の嫌いなものの共通点を、お互いにある程度知っている段階の関係の時に、初めてロマンって語っていいんだぞ。


 人参男が続けて言う


「ベータカロテンはお前の瞳を潤し、暗闇の中でも『真実』を映し出すビタミンAに変わるんだ。……、俺を食べて視力を上げれば、『真実の愛』が見つかるんじゃないか?」


 何にもわかってない。ちょっと面の良い人参っていつもそう。なんでそんなに自信満々に地雷源を踏み抜くことができるの?あんたはゼッッタイにやっちゃダメなこと、今やってるよ。


「あのね、関係も築けてない段階で「お前」って言わないで。ビタミンAを取ったら真実が見えるようになるんでしょ?ならなんでそんなこともわからないの?あんたの瞳はA=A’もわからないんだね」


 なんの前触れもなく、人参男が天界からの裁きを受ける。銀の三叉の槍が人参男を貫く。翼が無いはずの人参男は、そのまま空中に浮いて更に先を目指す。そのゴールには大きな開いた口が待っており、彼の余命は数秒もないことがわかる。


「聞いてくれ!僕はベータカロテンで君の粘膜を保護したいだけ…いや!本当は!おっぱいをいっぱいもみもみしながらセックスをしたいだけなんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 人参男の遺言は「おっぱいをいっぱいもみもみしながらセックスをしたい」だった。


 死の間際に本音が出るのもいつもの事。


 結局人間も野菜も言ってることは変わらない。どんな変数Xにロマンだの愛だの入れようと、=の先にあるのは常にSEXなのだ。


 X=SEX


 これは不変の定理なのかもしれない。


私は謎の納得感を携えて先に進む。


 突如、大きな揺れが来る。サラダボウルの中の野菜達も揺れる。また地震か…


 揺れが収まる。その隙に歩を進める。


 その後もピーマン男とか、ほうれん草マンとかが、ナンパしてきた。


「僕ってさぁ…何もしてないのに子供に嫌われてるんだ…そんな可哀想な僕…可愛いよね…?」


 「知らん。そもそもサラダボウルにお前の居場所はない。ひき肉に媚びでも売って協力してもらっとけ。」


「ほうれん草って、鉄分も多いけど、ベータカロテンも豊富なんだぜ…?そんな俺と付き合わないか?」


 「それさっき聞いた。大体、ほうれん草なんて面白みのない野菜、好き好んで食べないんだよ。そもそも、実利しかアピールポイントがない男と付き合いたい女なんていない。黙って醤油に漬けられとけ。」


 その後もやれブロッコリーだ、もやしだ、椎茸だのが話しかけてきた。何だよこのサラダボウル。普通、椎茸なんて入れるか?


 野菜たちから逃げるように目的地に向かっていると、あるものが私の目に止まった。いつも私の心を掴んで離さない…



 …きゅうり君だ…



 あの背の高い、青々としたかわいい顔のきゅうり君はいつもの通り、パン屋さんで働いている。野菜たちとは中々縁のない小麦君(留学生)たちと一緒に働いてみたかったらしい。外国語を習得するために。


 きゅうり君はいつだって真剣なのだ。


 他のきゅうりとは違う…つるつる…なんてきれいな外皮なんだろう…


 ぎこちない笑顔で接客をしている彼の姿を見ると、私はいつもドレッシングで心がいっぱいになる。女性性の象徴からオリーブオイルがしたたり落ちそうになる。


 本当はパン屋に用もないし、今からご飯に行く予定だったんだけど、何か買ってっちゃおう♪


「いらっしゃいませー…あ!飯田さん!」


 きゅうり君に名前を呼ばれる…真面目な彼は顧客の名前と特徴をメモしている。以前、私についてのメモ書きを見せてもらったことがある。そこには「黒髪で碧が似合うスタイルのいい女性」と書かれていた。まあほかの人のメモ書きにも同じようなことが書いてあったのだが。でも「碧」が似合うなんて書かれてたのは私だけだった。普通使うなら「青」だよね。そんな彼の些細な工夫を見たってだけで、私のその日の一日は色とりどりの野菜で構成されたサラダボウルみたいに色彩を帯びた。


「久しぶり…きゅうり君…今日もかわいいね…」


「えへへ…本気にしちゃうからやめてくださいよー!」


 私は熟れた果実より新鮮でみずみずしいきゅうり君のほうが好きだ。彼は一生懸命生きている。


 私は彼に話しかけるためだけに今日のおすすめを聞いた。


「うーん…全部おいしいんですけど…今日は特にこのタロイモバーガーおすすめですよ!パートのタロイモさんが自らの四肢を捥いでパンで挟んだんです!おいしそうでしょ?」


 それはとてもおいしそうだ!


「勿論、このタロイモバーガーは四肢の分しか用意できてないので、限定販売になります。」


 なら今のうちに買わなきゃ!


「えーと、じゃあタロイモバーガーを二つ…」「え?二つも食べられます?」「ううん…」


「よかったら食べて、光合成の時に。」「…」


 きゅうり君の緑の肌が黄色に染まった後、赤く染まる。いきなり完熟してしまったのかな?まあもともと黄瓜っていうくらいだし。にしても赤過ぎだ。それこそトマトみたいに。


「あの…この後、すぐ休憩時間なので…もしよかったら一緒に光合成しませんか…?」


 私にはもちろん葉緑体はない。でも速攻でOKを出した。二人で並んで外でタロイモバーガーを食べる。それってデートみたいじゃあないか。


 ♢♢♢


 私たちはサラダボウルの中にある公園のベンチで二人で並んでタロイモバーガーを食べる事になった。私はブラックコーヒーを、きゅうり君は水を飲んでいる。


 以前きゅうり君は私がコーヒーを注文したときに、「ブラックコーヒーって僕…飲めないんですよね…」と言っていた。そんな可愛い事を言ったので、お姉さんはいじめたくなった。「ふふふ…きゅうり君って舌はおこちゃまなんだね…」「ああ、いや…違うんです」「?」


「僕は人間と違って体内の水分量が95%を占めています。カフェインの利尿作用で水分が失われると僕たちはすぐに脱水症状になってしまいます。なので、そもそも飲んだこともないし、飲めないって言ったほうが正しいです。」


 だから、きゅうり君はいつも5ℓのペットボトルを持ち歩いている。ストローを刺して。いつでもすぐに水分補給をできるように。


 以前、「5リットルのペットボトルなんてどこに売ってるの?」と聞いたら「ああ、これ、ウォーターサーバーのペットボトルの水を丸ごと持ち運んでるんです。」と言っていた。


 それ以来、私は彼が水を飲むのを見るたびにおかしくって笑ってしまう。


「飯田さん…また笑いましたね…僕の給水を見て。」


 わざと怒った顔を作っているきゅうり君もかわいい。


「とりあえず、食べちゃいましょうか。」


 私たちは顔を見合わせた後、タロイモバーガーにかぶりつく。


 美味しい!タロイモ特有のシンプルな味わいに飽きの来ないパンチのあるソース。タロイモさんの四肢を捥いだだけあるな。これは。


 隣ではきゅうり君が一口タロイモバーガーを食べるごとに水分補給をしている。浸透圧の調整も兼ねてるんだろう。せわしなく摂食と給水を交互に繰り返していた。


 食べる口が止まらない。2人はあっという間にタロイモバーガーを平らげた。


 また、大きな揺れが来る。私たちはお互いにびっくりして抱き合う。お互い顔を見合わせる。鼻先が少し、触れ合う。きゅうり君のほうが背が高いので、私が見上げる形になる。


うぅ…近いよ…私は思わず彼を突き放し、恥ずかしくて顔をそむけてしまう。もっと顔をしっかり見ておけばよかった…



 …



 ベンチに座っている私たちの目の前を若い人間のカップルが通る。聞こえてくるのは、つまらない日常の話。なのにとても幸せそう。


 私はきゅうり君の手を、なんとなく握ってしまった。でも、きゅうり君も握り返してくれた。固くて、つるつるで、みずみずしい。


 私はきゅうり君になぜ、今回私を光合成に誘ってくたのか聞いてみた。


「…基本、きゅうりってね、もうこの世界では同じきゅうり同士で性行為をすることはないんです。なぜならきゅうりの雌は、想像妊娠ができるからです。」


 …きゅうり君は無意味な話をするタイプのつまらないきゅうりではない。私は真剣に話を聞く。


「なので僕は愛を知らなかった。スーパーに行けば雌きゅうりに会えます。ですが、管理された環境にいる彼女たちに愛を迫って性交渉をしても通報されてトウモロコシ警察に連行されるだけです。」


「…生まれてからの17年間…今まで、僕はいろんなたんぱく質の塊にアプローチをされてきました。幸い、僕はきゅうりの中でも容姿はいいほうなので…でも、どれも魅力的ではなかった。恋の本質は性行為なので。受粉ができないポリペプチドたちにアプローチされても僕の維管束系は何も音を立てなかった。」


 きゅうり君が私を突然抱き寄せる。


「でも…飯田さん…僕…あなたとなら…子供を作りたいです…僕と…授粉してくれませんか…?」


 …


「…痛いよ…強く抱きしめすぎ…」


「ああ…!すみません…!」


 きゅうり君が私から離れようとした。もう…違う!

 私が今度は抱きしめ返す。


「…このままがいいんだって…」


…私達は何も喋らない。なのに会話をしている。空白は時に、文字よりも雄弁だ…。


 私たちは手を繋いで移動する。サラダボウルの端っこにある誰も来ないカボチャのベンチの上で下着姿になって向き合う。


 きゅうり君が「すみません…ぼく…初めてで…」と小さな声で言う。本当に好き。


 私がキスを教える。きゅうり君の青い外皮の一部が開き、そこから舌の様な臓器が私と愛を交換するためだけに出てくる。


 きゅうり君は夢中になって私を捕食する。痛みはない。そこにあるのは「愛」だけだ。


 その間も、もちろんきゅうり君は給水をする。キスと、給水を交互に行う。


「もー…笑わせないでよ…」


 きゅうり君がすみません…と謝った後すぐに我慢できない様子で私の口を捉える。干からびそうになるくらい私は脳を吸われる。


 その後私は下着を取る。きゅうり君はなぜか、きゅうりのくせに、私の二つの揺れる脂質の塊を今すぐに自分のものにしたいと見続けている。触られる。食べられる。


 世界が揺れ続ける。でも構わない。ずっと揺れてればいい。私達は踊るから。


 脳を介さずに始まる受粉までのプロセスは私たちを麻痺させ、重力の概念が消えた世界で生きることがこの世で一番楽しいことだって事を思い出させてくれる。ただきゅうり君に、私の全部を好きにさせてあげるだけでいいんだ。でも一つだけ許せないことがある。きゅうり君は私を受粉させたいとまでは言った。だが、私の残存メモリはそれを処理しないと前に進めない様に呪われている。


「好きって言われてないよ。まだ。」


 きゅうり君の顔は灼熱に覆われる。干からびちゃうよ。きゅうり君。


 もー…これだから童貞は…


 私は口にきゅうり君のペットボトルの水を含む。それを直接マウストゥマウスで飲ませてあげる。きゅうり君がゴクリと音を立てて水を飲み干す。


「そういうのは男の人から言うんだよ…?」


 きゅうり君の目が右往左往する。給水をする。「うー」といったかと思えばまた給水をする。こんなことまでしといて、「好き」って口に出すのは恥ずかしいのか。こいつめ。


 きゅうり君が意を決した顔で私の顔を見つめる。私も見つめる。


「…好きです…飯田さん…僕と…結婚してください…。」


 …きゅうり君にとって、このたった二文字を送信するのは容量が大きすぎたんだね。


 本当にゆっくり。絶対に伝わるようにと、私に送られてきた君の言葉。しっかり受信したよ。


「ねえ…きゅうり君…お願い…花粉…頂戴…?」


 きゅうり君が受粉の準備をする。私は片手の人差し指を噛んで受け取る準備をする。


 彼の雄しべが私の身体を優しく包み込む。花粉でまみれた私の体はいたるところに走る迷走神経を刺激する。

電流が流れるような多幸感が迸る。きゅうり君が泣きそうな顔でこちらを見つめる。そんな顔しないで。これで終わりじゃないんだから。


 きゅうり君と私は正真正銘1+1=1になっている。私たちを隔てるものは何もなく、ドロドロに溶けあって一つの細胞になる。


 大きな揺れが私たちを襲う。ダメ。まだ終わらないで。


 きゅうり君が私に質問する。


「気持ちいい…?」


 うん…でも聞かないで…そんなこと。こんな時だけため語になるのもやめてよ…もっと好きになっちゃう。



「ねえ、気持ちいい…!?」




 揺れがどんどん激しくなり、サラダボウル内の私たちは振動流動化により空中に身を投げ出される。宙に舞った私たちは地面にたたきつけられて気を失う。


 目の前が開ける。


「ねえ!?気持ちいい…!?」


 先ほどまでいた初々しかったきゅうり君は見る影もなく消えており、代わりに目の前には汚れた、肉と腐った臓器の詰め込まれたゴリラが私と繋がっている。


 トンネルの開通工事はいまだに終わらず、この工事は難航し、延期が決まっていることが容易にわかる。


 天井の扇風機が回っている。扇風機と同じように、時計の針も回ってくれればいいのに。


「ねえ…!?」


 ゴリラが私の顔色を窺っている。こっちを見ないでほしい。私はイコールの先が見たかったのだ。ただの=であるお前にもう興味なんてない。


 ゴリラが無限の体力で腰を振り続ける。私の視界は前後に揺れる。


 ゴリラが私に何度もしつこく聞いて来る。私は返答を一応考えてみる。


「ねえ!?気持ちいい…!?」



 …


 あー…うん。


「気持ちいい……」




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