第2話 『表世界』の陰謀にはご注意を

「君に潜入捜査を頼もうか」

上司は紅茶をすすりながら言った。

狂生根ハーレナとかいう異世界の植物に寄生されてから早三日。報・連・相を怠らない俺は事の顛末を上司に説明しに来ていた。

「潜入捜査…ですか」

「ああ。私は常々あの組織を調査する口実が欲しくてね。まあだから、君はそれに好都合という訳さ。取り締まるなとは言われているが、関与するなと言われる所以はない。それに、君もあの『裏世界』の植物を扱う組織にいた方が、寄生を早く解けるかもしれないだろう?」

上司の話は、いつも論理だっていて強制力がある。最もだと思った。俺も自分の体に住み着く異世界の植物には辟易している。—だって。

『キミノ ジョーシサン、ヤブレタ ストッキング ハイテルヨー』

さっきから、窓辺に置かれたテラリウムの苔が話しかけてくるのが分かるからだ。

「…気になってたんですけど、そこのテラリウム何ですか」

「これはな、八年前の異世界交流会で買った土産だ。可愛いだろ」

『キミノ ジョウシ、ヨク ヒトリゴトヲ ボク二 イッテクル。ボッチカヨ、ペッ』

…言っていることは全く可愛くない気がするが…。冷や汗をかきながら、ご愁傷さまです上司と心の中で念じて俺は部屋から退出しようと扉に近づく。

「君はこれから基本スタンドプレーだ。そのつもりでよろしく」

去り際に上司が呼びかける。俺は、口に出そうか散々迷っていたことを、恐れ多くも言った。

「えっと…ストッキング破れてますよ」

上司が紅茶でむせて大きな咳払いをした。その後ろで、テラリウムに入った苔がグッドポーズを俺に送ってきた気がした。


異世界の植物と対話できるようになってしまった。

そんなことを表世界で愚痴ってしまえば良くて精神科行き、悪くて研究所行きなのだが、俺は良くも悪くも密輸組織行きだった。なんでもハーレナとかいう危険生物第一級に分類される異物に寄生されてしまった俺は、聖樹のエキスを得て寄生を解くことを保証してもらえらる代わりに、組織を取り締まらないことと、を約束してしまった。

「戻って来たぞ…なぁ、本当に手伝わなきゃいけないのか?植物の世話」

『おお、梓か。そうじゃな、お主はもう部外者じゃないからのう』

「いやでも、俺一応取り締まる側…」

さびれたビルの入り口で、見た目はツタで中身は爺さん(?)の通称爺やに抗議の声を上げていると――突然、扉が勢いよく開いた。

「爺やーっ!ねえねえっ、肥料どこにあるか知らなーい?あたしの大切なキャサリーナちゃんにあげるやつ!」

甲高いソプラノの声でそう叫んだのは、膝にまでかかるほどの長めのポンチョを纏い、頭から猫耳を生やした、猫の獣族の少女だった。

「えーと…こいつも組織の一人か?」

『そういえばまだお主は会っていなかったのう。エルフのミーラリと同じ、裏世界出身の…』

早枝さえだよー!ねっ、あんたが狂生根ハーレナちゃんに見初められたってひと?思ったより若い警備員さんだーっ」

人懐っこそうにけらけらと笑う早枝という少女。その笑みに少し毒気を抜かれる。…見初められるという言い方は疑問だが。

「猫の獣族か。珍しいな、あまり見かけたことがない」

「そうだよー、証拠にほら猫耳!って、ありゃ、

「は?」

目の前で起きた事態に目が点になった。早枝の頭に生えていた耳がきれいさっぱりとれた―—跡形もなく、きれいに。作り物には到底見えない、つややかな毛並みをした本物の耳が。当事者の少女はあっけらかんとし、取れた耳を指でつまんでいる。信じられない光景に脳がオーバーヒートし故障する寸前で、

「あはは、冗談!引っかかったねー、若い警備員さん!」

猫耳は煙と共にポンっと消滅し、少女の頭に生えているのは、

「まさか―狸の変化!?」

「そうっ、あたしは狸の獣族!いつもは猫に化けてるけどねー、その方が周りの友達のウケもいいし」

どこからともなく葉っぱを取り出して頭に乗せ、再び猫の少女の姿に戻る早枝。ウケってなんだろう。

『早枝はここで暮らしながら高校に通っているのじゃ。…さて、梓、肥料を取りに行ってもらえんか。肥料は二階の部屋の手前から三番目の倉庫にある。』

「分かった。じゃあ、二階まで案内してくれるか、狸の獣族。」

「警備員さん、早枝って呼んでよっ。あと、今は猫だからねっ」

どうやら、これが潜入捜査の初仕事になるようだ。


倉庫と言われた部屋に着くと、そこには先客がいた。

「あっ…あんた、ミーラリ…」

積まれた箱の整理整頓に取り掛かっている、少女と見紛うほど中性的なエルフの少年を見て早枝は呻いた。すごく露骨に嫌そうな顔をしている。

「…どうも、梓さん、早枝さん」

耳当て付き帽子を目深にかぶり肩にかかる金髪と長い耳を隠すミーラリは、口少なにペコリとお辞儀した。二人の間に漂う重い空気に思い当たることがあり、ひそひそ声で早枝に尋ねてみる。

「…なあ、これってあれか?種族間の問題ってやつか?」

「それもあるけどねっ、長寿のエルフとかは獣族わたしたちのこと見下してくるもん。けど、あたしは単にミーラリが苦手なのーっ、何考えてるか分からないし、一発であたしのこと狸だって見破ったからっ。もーっ、騙せなくてつまんない!」

「(うーん一方的な確執だな)」

ミーラリは手元の箱をしばらく確認していたかと思うと、その内の一つをこちらに差し出してきた。

「…これ、たぶん肥料が入ってる…さっきの会話、聞こえたから…」

俯いたまま、箱に入ったものが早枝が探していたものだと告げるミーラリ。目を見張る早枝に、それとなく俺は言う。

「…決めつけは良くないと思うぞ」

「そうだね、そういうことにしとくっ」

早枝はばつが悪そうな顔をしながら箱を受け取る。蓋を開けると、その中にはビビッドカラーの液体が入った小瓶が詰まっていた。小瓶のラベルには、読み取れはしないがおそらく異世界語で商品名が書いてある。

「それじゃっ、あたしが育ててるキャサリーナちゃんのとこ行こー、警備員さんっ。…ミーラリっ、あんたもねっ」

最後にそう付け加えて早枝は階段に向かっていく。さっき、その少女に向かって決めつけは良くないと言った自分。俺は、密輸組織だからという理由で、この組織を悪だと決めつけている。が、この場所からは悪に染まり腐敗した感じがしないし、むしろ平和で温かな雰囲気に満ちている。この密輸組織を裁くべき対象だとするのは多分警備隊として正しい。けれどそれが良いことなのだろうかと、ふと疑問を抱いた。

早枝が向かったのは、一階の植物園ではなく、三階の居住スペースだった。この組織は四階建てのビル全体を占拠しているらしく、一階が植物園、二階が倉庫、三階と四階が居住スペースとなっている。早枝の部屋は三階の一番奥にあり、その隣が組織長である雪芭の部屋―らしいのだが、ドアを突き破って茂っているたくさんの花々を目撃した瞬間、絶句した。

「これはねー、『変幻葉フェージベイ』っていう、狸とか狐の獣族御用達の葉っぱ。表世界には置いてなくて、あっちから運んだやつを栽培するしかないのっ」

部屋の前のプランターに植えられているのは、葛の葉に似た見た目をした変幻葉フェージベイというものらしい。変化の時に頭に乗せるやつかな、と異世界の種族についての乏しい知識をフル活用して推測する。早枝は大事に抱えていた小瓶を開け、水やり代わりに一滴、中の液体を垂らし―—


―—瞬間、その場が閃光に包まれた。


その頃、植物を密輸する組織の長である美代雪芭みしろゆきばは都内の小洒落たバーにいた。

「久しぶりだな、雪芭。……その見た目でよくここに入ってこれたもんだ」

そしてその隣には、世境警備隊関東支部、梓の直属の上司である女性が座っていた。

女性は、小学生にしか見えない背丈と童顔の雪芭に眉をひそめてからグラスに口付けした。

「調子はどうだ。」

「見れば分かるでしょう。相変わらずよ。あなたこそどうなの。」

「こちらも変わらずといったところか?君たちの組織に部下を送り込む以外はな」

「…わたしたちには不干渉、そう約束したじゃない。今更調査なんて何考えてるの?」

微妙にジト目で女性を睨む雪芭。女性もとい梓の上司は、どこ吹く風でワインを味わっていたが、

「…ぶっちゃけると、調査対象は君たちじゃないんだ。警戒しているグループがいてね。そいつらが君たちに、近々ちょっかいをかけてくると思われる。私はそのグループの尻尾を捕まえたいんだ」

「ふーん、ちょっかいねぇ…あまり子供じみたのじゃないといいけど」

「残念だがそうはいかない。私は忠告をしに来たんだ。奴らは異世界の植物を研究し、あるを完成させてしまった。」

ごとり、とワイングラスが机に置かれる。

「植物の『生育異常』を任意で起こす薬だ」

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表とウラの根幹(~異世界のモノは現代社会に持込み禁止~) 片菜羽 @Katanaba-0609

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