表とウラの根幹(~異世界のモノは現代社会に持込み禁止~)
片菜羽
第1話 『裏世界』の植物にはご注意を
そこは『裏世界』とつながる場所。
現代の『表世界』と相容れぬ空気が漂う中で、ある警備員たちの悲鳴が響いていた。
「うわあぁぁぁああああああ!?」
先輩が、突入しようとしていた部屋から湧き出した未知の植物のツタに絡めとられ、壁に叩きつけられるのを見て、俺は叫んだ。
「先輩!??」
先輩を呑み込む巨大な植物の肌に小さなナイフを突き立てる。が、案の定びくともしない。
「くそ、こんな任務、やっぱり引き受けるんじゃなかった…」
本当にとんだ貧乏くじだ。つい先日の上司との会話が、走馬灯のように頭をよぎる。
「近々『裏世界』との文化的交流…俗にいう異世界交流会があるだろう?」
目の前の椅子に腰掛ける凛々しい女性—もとい上司に呼び出され、最初に告げられたのはその言葉だった。
「4年ぶりに、『裏世界』からはたくさんのエルフや獣族、妖精なんかがやって来る…それは、我々『表世界』の住人からしたら御伽噺が実現するようなものだ、間違いなくね。私たちはそんな皆の夢を壊さないためにある」
自分にも隣の先輩にも付けられている胸元のワッペンを上司は指で差す。そこに刻まれるのは、『表世界』と『裏世界』の世境を取り締まる、警備隊の証。
「よって、これまでより厳重に世境を統制する必要があるんだ。だから実戦経験が浅い君たちにもお鉢が回って来た。」
「それで、任務は何ですか?やっぱ危ない密輸の取締りっすかね?」
隣のチャラい先輩が答えを急いて待ちきれずに尋ねた。見目麗しい上司はあからさまに呆れて、
「なに、『裏世界』の植物を密輸しているだけの組織だよ、心配はいらない」
と、言っていたはずなのに。
「どうして…」
『裏世界』の植物にナイフを刺しても手ごたえはなく、先輩を締め付けるツタは巌のようにそびえ立つまま。全く歯が立たない。これが世界の違い。警備隊に入って間もない自分の無力さを痛いくらい感じる。ナイフが手から滑り落ちる。しまった、丸腰だ。眼前には、新たに太いツタを生やす植物。そうして、なすすべもなく木の剛腕に殴り飛ばされそうになった———その時。
「お客さん…?」
中性的な声が部屋の奥から響いた。それと同時に、植物が動きをぴたりと止める。入口から放射状に伸びるツタの隙間を縫って出てきたのは—耳当て付き帽子を被った、華奢な少年だった。
「ご用件は…?ん、爺や、大丈夫だよ、下がって…」
少年が植物に話しかけると、ツタは先輩の体を放し部屋の中へゆっくりと戻っていく。あっさりと引き下がったその様子に、安堵を通り越して唖然としてしまう。って、爺やって誰だ?
「ごめんなさい、ケガはありませんか。爺やはただ侵入者に反応しただけなので…許してください」
少年はツタの肌をなでながらペコリとお辞儀した。
まさか…この植物が『爺や』なのか?いやいや。
「えぇと…ここは、裏世界の植物を取り扱っているところで合っているか?」
一瞬敬語を使おうか迷ったが、どう見ても目の前の線の細い少年は十四かそこらだ。少し砕けた口調で聞いてみる。すると、少年はピシッと背筋を正して答えた。
「はい。何かお求めですか。バイヤーの推薦証等はございますか。」
もしかして、取り締まりに来た俺たちを、客だと思っている?こんなあからさまな制服を見ても気付かないなんて…疑問を抱きながらも、とりあえず話に乗っかることにする。
「ここの店長に会わせてほしいんだが、中を案内してもらっても?」
少年はこくりと頷き、入り口の奥の扉を開けた。
その先には、たくさんの色彩で満ちる温かな植物園が広がっていた。
「は…」
気絶している先輩がこの筆舌に尽くしがたいほど綺麗な光景を見れないのはもったいない、一瞬そう思ってしまった。高めのステンドグラスから差す日差しは青色の幹をした巨大な木々を照らしていて、神秘的な空気を醸し出している。所々に置かれたルービックキューブ型のプランターからは見たことのない形状の枝や葉が飛び出しており、ビビッドな色味にあふれている。現代社会の植物とは似ても似つかない、まさしく異世界の植物がそこかしこに息づいていた。これが、『裏世界』か。植物園を通る曲がりくねった小道を歩きがてら、途中に生えていた爆弾のような見ための花に目を奪われていると、そこで。
「…生育異常」
前を歩く少年が急に立ち止まり、行く手を流れる沢をにらみつけているのに気が付いた。視線を追うと、そこには、禍々しい赤い光を放つ坪型の花があった。
「お客さん、そこの
坪型の花から目線を逸らさず、こちらに手を差し伸べる少年。俺は、手元にある爆弾の形をした花をおそるおそる摘んで、少年に手渡す。
その瞬間、坪型の花の表面が割れ、中から細長い茎が飛び出した。粘液にまみれたその鋭い茎には、信じられないことに、ぎょろぎょろと動く目玉があった。無数の眼がこちらを見下ろしてくる。
「…下がっていてください」
その一言を残し、少年は茎に向かって大跳躍した。軽々と自身の何倍もの背丈の茎を飛び越したと思えば、青色の大樹の枝に移り、手に
『グギャァッァァアアアア!??』
茎に命中した花は、すさまじい光と共に爆散した。爆発をもろにくらい、炎に包まれながら全身を沸騰させて、瞬く間に灰と化す茎の怪物。
「…『裏世界』の植物を
慣れてないのか、枝の上からへたくそな商売文句を投げかけてくる少年。
いや、いるかこんなもん。街中で使ったら人も住宅もウェルダン祭りだ。
裏世界の植物はこんな規格外のものばっかなのか。そりゃ輸入が規制されるわけだ、と灰の粉になった坪型の花を見て思う。そして、あの少年。少年の身体能力は、明らかに
「君は、『裏世界』の人か?」
少年が三階分の高さはありそうな枝から舞い降りて、軽々と着地する。反動で、被っていた耳当て付きの帽子から、尖った長い耳が覗いた。
「はい。…僕は、エルフです」
エルフ。初めて見た。こっちの世界では滅多にお目にかかれない。こちとらエルフに会えるかもしれないという希望を持って警備隊に入った身だ。頭がスパークしかける。
「嘘だろ…」
信じられない。信じたくない。壁に向かって思わず後ずさる。しかし、それが壁ではなく、壁の手前に置かれていた『危険植物』をしまった箱だったと気づいたのは、その後だった。
「お客さん、危ない!」
エルフの少年が鬼気迫った顔で制止しようとするが、時すでに遅し。
『コンニチワァ』
艶めかしい声が耳元でささやいた。何かが這い上がる奇妙な感覚に身の毛がよだつ。最初の違和感は首だった。首元に見えない毒牙が突き立てられているような、不気味な感触がした。
『ワタしノ、ナエドコにナってェ?』
ざらついた哄笑がした。植物の指が襟首にずぶりと沈んだ。体中の血液が逆流したかのような激痛が走った。何かが、体を乗っ取ろうとしている。神経が蝕まれる痛みだ。
「お客さんっ、受け入れないで、拒否して!」
最後の力を振り絞って、俺は必死に抵抗する。そうして、頭がおかしくなりそうなほど猛烈な痛みは、吐血と共に引いた。
『ヨロシクネ、人間ノぉ、オニイサン?』
吐いた血を拭った手のひらを見ると、そこには緑色の脈が張り巡らされていた。
「これ、は…」
そこで、エルフの少年が駆けつけてきた。
「…!!寄生、されてしまった…」
呆然と呟く相手の表情をみて、嫌な胸騒ぎがし始める。口を開きかけたその時、
「んー、騒がしいと思ったら…世境警備隊が何の用かしら?」
植物園の奥から、色とりどりの花弁をあしらったミニドレスを纏う、短髪の
「あ…ボス…この人がかくかくしかじかで、寄生されてしまったんです…」
「ボス!?」
どう見てもそこら辺のランドセル背負ってる小学生と同じ背丈の幼女が、この組織の責任者なのか!?
「そうよ、私がここの組織長である
「俺は、
「ふぅん、何かお堅そうな名前ね。で、ミーラリ?なんの植物に寄生されたの、この人?」
さらっと失礼なことを言いながら、雪芭はエルフの少年、改めミーラリに向き直った。
「実は…あそこの『危険植物』入れにあった、
「よりにもよって…
余命宣告を告げようか告げまいか迷っている医者の顔はしないでほしい。事情を早く説明していただきたい。
「そのー、落ち着いて聞いてほしいんだけど、
同、化?
「寄生されたら、じわじわと侵食されて行って…最終的には植物状態になります…」
「えっ、そんな、どうすれば」
沈痛な面持ちで説明する二人。重大な事態に脳が追い付けていけナイ。と、そこで、また新しい闖入者が。
『おや、お主。その気配、もしや
おじいさんの声がしたのは—植物のツタからだった。
「つっ、ツタ!ツタがしゃべって…!!!!」
『おお、わしの声が聞こえるようじゃな。ハーレナの副作用が出たみたいじゃのう』
このツタ、ミーラリに爺やと呼ばれていた、入り口で俺と先輩を妨害していたツタだ。それが、喋っている。そんな俺の慌てようを、雪芭とミーラリは不思議そうに見ていた。
「爺やの言葉が分かるんですか?」
ミーラリの問いかけに動揺しながら頷くと、
「
雪芭がちょいちょいと俺の服の裾を引っ張って、ちぢれ麺のような形の葉っぱを指さす。そちらの方に神経を集中させると、
『ヘイ、ソコノアンチャンキョウモイカスネー』
――聞こえてきた。内容はともかく、葉っぱが話しかけてくるのは、感じ取れた。
「…あなた、異世界の植物の言語が分かるようになったのね。そんなことがあり得るなんてねぇ…」
呆ける俺に、雪芭は複雑な眼差しを向ける。
「…これ、どうやったら治るんだ?」
「ハーレナの患者数はごく少数で、治療薬が生産されていないの。寄生を解くにはね…『裏世界』にある聖樹のエキスを摂取するしかない」
「聖樹って、異世界交流会でしか公開されない、あの!?」
「そう。今年開催される、異世界との文化交流の機会。そこで聖樹は裏世界の象徴としてわたしたちに公開される。ただし、その聖樹に触れるのは、一部の組織の人しか許されない…さて、世境警備隊の方?ここで交換条件といかないかしら?」
雪芭は、強かな、それでいて美しい笑みを浮かべながら、ひとつ提案をした。
「あなたたち警備隊は、この組織を取り締まらない。その代わりに、わたしたちは異世界交流会であなたの寄生を治してあげる…どうかしら?」
断る、という選択肢はなかった。
「ああ。よろしく。」
こうして俺の、現実世界と異世界の狭間を行き来する旅が、始まった。
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