第5話 氷解
マリアーヌが帰った数日後、シルヴァ家の屋敷に激震が走った。
庭園の訓練場から、空気が凍りつくような凄まじい魔力を感じたのだ。私が駆けつけると、そこは一面が白銀の氷に閉ざされた地獄絵図だった。
その中心にはノアールがいた。
彼は「シルヴァ家に相応しい強さ」を求める周囲の期待に応えようと、未熟な器で魔力を練りすぎ、暴走させてしまったのだ。
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ノアside
目の前が白銀の世界に変わり、自分の指先の感覚すらも消えていく。
心身が凍りつくような恐怖の中で、僕はただ自分が『欠陥品』なんだと悟ってしまった。
高貴なシルヴァ家に白銀の髪の持ち主というだけで養子として迎えられ、飛び級で学園に入るほどの魔力。
周囲は僕を「神童」と持て囃したが、その実態はこの有り様だ。
器から溢れ出した氷の魔力は、僕の制御を嘲笑うように暴走し、この屋敷の庭園を死の世界に変えようとしている。
「ノアール! これ以上はあなたの体が持たないわ!」
魔力の暴走で作り出した氷壁の向こうから、聞き慣れた、けれど一番聞きたくない声が響いた。
シルヴァ=ルーシャリア。僕の義理の姉。
彼女は僕が初めてこの家に来たとき、ゴミを見るような目で僕を射抜いた。
『捨て子の分際で、私達と同じ白銀の髪をしているなんて…不愉快だわ。』
あの言葉を、僕は一生忘れない。
(どうせ、僕が自滅するのを笑いに来たんだろう?)
「…こっちに、来るなっ……!」
僕は必死に声を絞り出した。
最近の彼女の振る舞いは以前とは全く違う様だった。
けれど、それも我儘令嬢の気まぐれにすぎない。いつか油断した者達を以前の様に地獄に叩き落とすに決まっている。
僕はそんな彼女が大嫌いだ…っ!!!
(寄るな…触るな……僕に構うな……!)
感情が昂り、さらに魔力が暴走し、鋭い氷の礫が自分を守るように周囲を切り裂く。誰も近づけないように。
近づけない……はずだったのに…
「……っ!?」
不意に、背後から柔らかな温もりに包まれた。
凍てつく僕の肩を、細い腕が力いっぱい抱きしめている。
「ノアール、ごめんなさい。……あなたがどれだけ私を嫌っても、私はあなたを見捨てたくないの。……絶対に!」
おかしくなったのか…?僕の魔力は今、周りすべてを凍らせる。彼女の体だって、もう凍り始めている。なのに、どうしてそんなに温かいんだ。
その時、彼女から溢れ出したのは、感じたことのないほど清らかな優しい、金色の風だった。
暴走して作られていた氷はその風に触れた瞬間、キラキラと輝く光の粒になって溶けていく。
「……風が、……温かい……」
僕の心を支配していたどろどろとした黒い感情が、その温もりに押し流されていく。
彼女が僕を撫でる手は、震えていた。魔力を暴走させてしまった僕を怖がっているからじゃない。僕を助けようと、必死に魔力を振り絞っているからだ。
「……今まで、本当にごめんなさいね、ノア。もう、大丈夫…あなたは、1人じゃ、ない、わ……」
向けられたのは、嘘偽りのない、慈愛に満ちた瞳。
その瞬間、僕の中にあった姉様への黒い感情の防壁が、音を立てて崩れ去った。
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