第4話 困惑


それからの私の療養生活は、家族と使用人にとって「驚天動地の連続」だった。


「お、お嬢様! 私が掃除しますから、お座りください!」


「いいのよ。これぐらいさせてくれないとリハビリにならないわ!…あら?昨日は無かったお花が飾ってあるわね、とっても素敵!いつもありがとう」


私がメイドに微笑むたびに、屋敷のどこかで誰かが腰を抜かした。

「ありがとう」「助かったわ」「ごめんなさい」。

そんな当たり前の言葉を口にするだけで、屋敷を覆っていた刺々しい空気は、春の雪解けのように消えていった。

そんなある日。


「ルーシャリア様の怪我を案じて、ウィンライト=マリアーヌ様がお見舞いに……」


平民が公爵家を訪ねるなど異例。本来であればあり得ないが、マリアーヌは「光の聖女」。流石に断ることができないのね。


なんて考えていると、マリアーヌが聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべて現れた。


「ルーシャリア様! ご無事でよかった……。私、自分のせいであなたが階段から落ちてしまったんじゃないかって…、毎日お祈りしていたんですわ」


その健気な振る舞いは完璧だった。




しかし、彼女が差し出したお見舞いの品を見た瞬間、私の背中に冷たいものが走った。


「これ、私の実家の近くで採れる薬草を使ったお茶なんです。怪我や疲れにもよく効くはずなので、ぜひルージュ様とノア様にもお渡しください。多めに持ってきたので!」


彼女が持ってきたのは、ゲーム内で「好感度を効率よく上げるための隠しアイテム」と同じ配合のハーブティーだった。

平民の少女が、王宮の薬剤師さえ知らないようなレシピを偶然知っているはずがない。

それに、わざわざルージュリオやノアールにまでって……。


(……間違いない。マリーも私と同じ、この世界を知る転生者だわ。)


それに、難易度の高い逆ハールートを選ぶつもりね。そうなると私の未来は『死』。絶対回避しなくちゃ!!



マリアーヌの瞳が、じっと私の反応を伺っている。


本来のシナリオなら、ここでルーシィは「平民の分際で汚らわしい!」と叫んでお茶を投げつける。


そして、その様子を扉の影で見ていた付き添い彼。私の婚約者、第二王子のウィストン=アルテミオがマリアーヌの味方をし、兄弟達にもさらに突き放される――というのが、マリアーヌの描いた「正解」のはず。



……私は彼女が差し出したお茶を手に取った。


「ありがとう、マリアーヌ様。わざわざお見舞いに来てくださるなんて、あなたは本当に……お優しいのね」


私は、かつてのルーシィが一度も見せたことのない、穏やかで曇りのない微笑みを返した。

その瞬間、マリアーヌの眉がピクリと跳ね、完璧な微笑みの裏に「困惑」が走るのを私は見逃さなかった。


「え……? あ、はい。……あの、ルーシャリア様、そんなに無理をなさらないで。いつものように「無礼だ」と私を叱ってくれても、……嫌ってくださっても、いいんですよ?」


(必死に私を怒らせようとしているわね。……でも、乗らないわよ)


「嫌うなんて、とんでもない。私、死にかけたことで気づいたの。今までどれだけ独りよがりだったか。……これからは、あなたのような清らかな方をお手本にしたいと思っているのよ」


「……っ!」

マリアーヌの顔が、一瞬だけ変わった。

ゲームの知識をどれだけ持っていても、「悪役が聖女のように振る舞い始める」という不測の事態には対応しきれていない。彼女の瞳には、計画が狂い始めたことへの苛立ちと、私に対する強烈な警戒心が宿っていた。


「……そうですか。それは、……素晴らしいことですわ」


マリアーヌは震える手で膝を握りしめ、必死に「善意のヒロイン」を演じ続けながら、逃げるように部屋を後にした。





(マリー、あなたがこの世界を『ゲーム』だと思っているなら、私は『現実』として、あなたの知識を上書きしてみせるわ)


私は、白銀の髪を指で弄りながら、静かに、けれど確実に「新しい未来」への決意を固めた。

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