第3話 兄弟

部屋に入ってきたのは、18歳の兄ルージュだった。

彼もまた、シルヴァ家の象徴である白銀の髪を肩まで伸ばしているが、その瞳は燃えるような火属性の魔力を象徴する赤。しかし、私に向ける眼差しだけは、氷のように冷徹だった。


「ルージュリオお兄様……」


「気安く呼ぶな。お前が階段から落ちたのは、平民のマリアーヌ嬢を突き落とそうとして足を踏み外したからだろう? 自分の蒔いた種で生死を彷徨うなど、公爵家の恥さらしだ」


ルージュの言葉は容赦なかった。

ゲームの中の彼は、妹の我儘に愛想を尽かし、のちにマリーの優しく温かい光属性の魔法に触れ、惹かれていく。

今の私にとっては、頼れる兄どころか、最も高い壁だ。


すると、ルージュの背後から一人の少年がおずおずと、しかし刺すような視線と共に現れた。

14歳の少年、ノアール。

彼もまた白銀の髪を持っていた。

彼はつい数日前、白銀の髪を持つというだけで、遠縁からシルヴァ家へ養子に迎えられたばかりだ。


「シルヴァ=ルーシャリア……姉様。目が覚めて何よりです」


ノアはルーシィへの抑えきれない嫌悪で低く、そして震えた声で言った。


「あなたが眠っている間に、僕はこの家の人間になりました。……『白銀の髪を持っているだけで捨て子のお前が私の弟になるなんて、反吐が出る』……そう仰りたいのでしょう?」


ノアールは私の返事も待たずに、軽蔑を込めて言い放つ。


「あなたが僕をどう思おうと勝手ですが、僕はあなたを姉だなんて認めません。僕を蔑み、傷つけたければどうぞ。僕は、あなたのような心根の腐った人は……大嫌いです」



部屋に沈黙が流れる。

メイドたちは「またお嬢様が怒り狂う」と身を縮め、ルージュリオは呆れている様子だ。


(……ああ、そうか。私はこれほどまでに、嫌われていたのね。)


けれど、今の私に怒りはなかった。あるのは、自分を嫌うことで精一杯身を守っている少年への、深い同情。

私はゆっくりとベッドから足を下ろし、ふらつく体を引きずり、ノアールの目の前まで歩く。


「……っ!打ちたいのならどうぞ…っ」


ノアールが顔を背け、目をつむった。

しかし、彼が感じたのは痛みではなく、柔らかな温もりだった。

私は、ノアールの小さな、けれど冷え切った手を、自分の両手でそっと包み込んだ。


「……ごめんなさいね、ノアール。今まで不快な思いをさせて…。私がいる場所へなんて来たくなかったでしょうに。不安な思いをさせてしまったわね」


「……え?」


「でも、あなたが来てくれて、私はとても嬉しいわ。シルヴァ家へようこそ。今までの事を許して、なんて言わないわ。ただ、これからは全力で貴方を支えさせてちょうだい。かけがえのない弟になるんですもの。」


私は、微かな笑みを浮かべた。


「……っ!?」

ノアールは弾かれたように目を見開き、私を見つめた。

ルージュリオもまた、いつもと違う私を見て驚いた顔をしていた。


「ルーシャリア……お前、本当に頭を打っておかしく…いや、別人にでもなったのか?」


「いいえ。ようやく、大切なものが見えるようになっただけですわ、ルージュリオお兄様」


私は二人に向かって、今日一番の穏やかな微笑みを送った。



これが、私の運命を変える第一歩になることを信じて。

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