第2話
放課後を告げるチャイムが鳴ると、
教室のあちこちが動き出した。
立ち上がる生徒。
笑いながら話す生徒。
(……さて)
俺はカバンを肩にかけながら、頭の中で予定を確認する。今日は入学初日。そして、体験入部初日。
まずはバスケ部。朱里が入る予定の部活だ。
マネージャーとして入部するつもりでいることは、もう本人にも伝えてある。
(邪魔しないように、少し遅れて顔出すか)
そう決めて席を立つ。
そのとき、ふと気づいた。
教室の後ろの席——田中鈴音が、まだ座ったままだ。
周囲が次々と立ち上がる中、彼女だけが取り残されたみたいに静止している。
スマホを手にしているが画面は暗いままだ。
(……何してるんだろ)
声をかけるか、ほんの一瞬迷う。
昼は一緒に食べたとはいえ、放課後まで絡みに行くのは、さすがに距離が近すぎる気もした。
そう思って教室を出かけた、そのとき。
「あっ、えっと……あの……西野くん!」
呼び止められて振り返ると、鈴音が慌てた様子で立ち上がっていた。
「も、もしよかったら……放課後の体験入部、一緒に回りませんか?」
言葉を選ぶように、一度息を吸ってから続ける。
「行きたいところがあるんですけど、ひ、一人だとちょっと心細くて……あっ、もちろん! 西野くんが行きたいところがあれば、そっちを優先してもらって大丈夫です!」
早口で言い切ると、鈴音は不安そうにこちらを見上げてきた。視線が合った瞬間、思わず言葉に詰まる。
「……いいよ。どこ行きたいの?」
自分でも驚くほど、返事はあっさり出ていた。
(まあ、最初から急ぐつもりでもなかったしな)
そう自分に言い聞かせながら、俺は鈴音の方へ歩き出した。
「……え、本当に、一緒に行ってくれるんですか?」
一拍遅れて、鈴音がそう言った。
驚いたように目を見開いたかと思うと、次の瞬間、声が少しだけ弾む。
「わ、私が行きたいのは……文芸部です。
本を読むのも好きで……書くのも、少しだけ」
言い終えたあと、照れたように視線を逸らす。
「あ、えっと……西野くんは、行きたいところ、ないんですか?」
その問いかけに、俺は少し考える。
「んー……鈴音が行きたいところ、優先でいいよ」
少し考えるふりをしてそう言うと、鈴音は一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせた。
「え……」
「ただ、俺も見てみたい部活はあるからさ。
もしかしたら、途中で抜けるかもしれないけど、それでもよければ――」
言い切る前に、被せるような声が飛んでくる。
「大丈夫です!」
勢いよく返事をした鈴音は、すぐに自分でも驚いたのか、少し顔を赤くして肩をすくめた。
「よし、じゃあ、文芸部だな」
「はい!」
短く頷いた彼女は、弾むような足取りで一歩前に出た。その背中を見ながら、俺は小さく息をつく。
(……思った以上に喜んでるな)
そうして俺たちは教室を出て、並んで廊下を歩きはじめる。
◆◆◆◆
「文芸部って、どの辺にあるんだっけ」
「えっと……旧校舎の二階です。たしか……」
鈴音は少し自信なさげに答えながら、案内の紙を取り出して確認している。
歩幅を合わせて歩くのは、思ったより気を遣う。
近すぎると緊張するし、離れすぎると気まずい。
そんなことを考えながら、旧校舎へ向かう渡り廊下に差しかかった、そのときだった。
「——そこの一年生! ちょっと待った!!」
妙に通る声が、背後から飛んできた。
反射的に振り返ると、そこには——
三年生らしき女性の先輩が一人、立っていた。肩まで伸びた髪を後ろでひとつに束ね、分厚いノートを小脇に抱えている。
どこか目が据わっていて、妙な迫力があった。
「君たち、今から体験入部?」
「え、あ……はい」
鈴音が小さくうなずく。
「よかった! 助かる! 本当に助かる!」
先輩は、なぜかこちらの返事を待たずに、ずいっと距離を詰めてきた。
「二人だよね? 二人! 見たところ一年生で、しかも二人一緒!」
「えっと……その……」
鈴音が一歩、俺の後ろに下がる。
(あ、これは……)
嫌な予感がした。
「君たち、校内放課後研究会って知ってる?」
「……校内、放課後?」
聞き返すと、先輩は満面の笑みでうなずいた。
「そう! 学生として正しい放課後の在り方を調べて考察する、知的で文化的で最高にロマンのある部活!」
「は、はあ……」
明らかに反応に困っているのに、先輩は構わず続ける。
「ただ今ね、うち、部員が……私一人で」
「一人?」
思わず声が出た。
「そう。一人。でも今日、二人来てくれたら……三人」
「……それって」
嫌な予感が、確信に変わる。
「廃部、回避!!」
先輩は拳を握って力強く宣言した。
「お願い! 今日だけでいいから! 体験だけ!」
「え、でも俺たちは——」
「五分! 五分だけ説明させて!」
そう言って、先輩はもう旧校舎の方を指さしている。
「部室、すぐそこだから! 閉じ込めない! 怪しいことしない!」
「怪しいことしないって言われると逆に……」
俺が言い終わる前に、鈴音が小さく服の袖を引いた。
「……西野くん」
「ん?」
不安そうな表情で、鈴音が口を開く
「五分……だけなら……」
その一言で、勝負は決まった。
「よし! 交渉成立!!」
先輩は満面の笑みで振り返り、勢いよく歩き出す。
「さあさあ! 放研へようこそ! 後悔はさせないよ!」
(……絶対、五分じゃ終わらないやつだ)
そう思いながらも、俺は鈴音と並んで、旧校舎の階段を上り始めた。
この選択が、放課後を、そして高校生活そのものを、少しだけ——
いや、だいぶ変えることになるなんて、そのときはまだ知らなかった。
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