男女比1:2の世界で青春を謳歌する

感想求

第1話

もうすぐ高校の入学式が始まる。

入学式会場となっている体育館は、今年の新入生たちで埋め尽くされ、またそのほとんどが女子生徒で占められていた。

男女比はおよそ一対二……この世界では、それが“普通”だ。


「ふぅ…」


 俺、西野ハヤトは、体育館の後方席に座りながら小さく息を吐いた。

 前世の記憶を持ったまま、この男女比の異なる世界に転生して十六年。それでも、この女子だらけの光景は未だに慣れない。


「しかしさぁ」


 隣から聞き慣れた声がする。


「中学で成績トップだったハヤトが、わざわざこの高校を受けるって言い出した時は、さすがに冗談かと思ったよ」


篠宮朱里。俺の幼馴染だ。

幼い頃から一緒に過ごしてきた彼女は、俺の方に振り向いてそう言いながら、屈託なく笑ってみせた。昔はただの生意気なガキだったはずなのに、いつの間にか柔らかな輪郭と整った顔立ちを備え、気づけば文句のつけようのない美少女へと成長している――将来化けると踏んで、地道に関係を維持してきた俺の判断は、どうやら正解だったらしい。


「嘘じゃないって言っただろ」


「言ってたけどさ。普通、もっと上狙うでしょ」


 朱里は呆れたように肩をすくめる。


「俺にとっては、朱里と同じ高校に通えることの方が大事だから」


 実際、親の反対を押し切ってまでこの高校を選んだのは、朱里と一緒にいるためだ。


「……よく真顔でそんな恥ずかしいこと言えるよね」


 朱里は一瞬だけ目を丸くし、それからぷいっと顔を背けた。耳が赤い。


その反応を見て、俺は改めて同じ高校を選んで正解だったと確信する。


◆◆◆◆


 入学式が終わり、掲示板にクラス分けが張り出された。

 人だかりの中、俺は自分の名前を探し――見つけた瞬間、頭が真っ白になる。


「……あ」


 クラスが、違う。

 朱里の名前は、俺の番号から二つ隣のクラスにあった。


(マジかよ……)


 考えてみれば、こうなることも十分ありうる話だ。だが俺は、なぜか当然のように同じクラスになるものだと思い込んでいた。


「おい」


 肩を軽く叩かれる。


「聞こえてる? 魂抜けすぎでしょ」


 振り返ると、朱里が呆れた顔で立っていた。


「別々のクラスになったくらいで、そんなに絶望する?」


(“くらい”じゃない。

 男が少ない世界とはいえ、朱里みたいな美少女が放っておかれるはずがない。もし、他の男子に目をつけられたら――)


 嫌な想像を振り払うように、俺は口を開く。


「で、でも登下校は一緒だからな」


「それは今まで通りでしょ」


 朱里は当然、という顔で言う。


「……昼休み一緒は無理か」


 俺がそういうと朱里は一瞬だけ言葉に詰まった。


「初日だし、クラスの子と仲良くしなよ。変に浮くでしょ」


「……だよな」


「じゃあ私もう行くからハヤトも早くしなよ」


そう言って、朱里は背を向ける。

 その後ろ姿は、何故か少し遠く感じた。


◆◆◆◆


俺は指定された一年三組の教室へ、他の新入生たちと一緒に足を踏み入れた。

 教室の中は、まだどこか落ち着かない空気に包まれている。知らない顔ばかり、知らない席、知らない教室。新学期特有の、あの妙な緊張感がある。

 全員が席につき、ざわつきが少し収まったところで、教室の前扉が勢いよく開いた。


「よし! 全員そろったな!」


 ジャージ姿の女教師が、教壇に立つなり腹の底から声を張り上げる。


「おはよう! 今日からこの一年三組の担任になる、佐藤だ! 担当教科は体育! はい、声でかいと思った人、正解! 体育教師だからな!」


 あちこちから小さな笑い声が漏れる。

 どうやら、ノリで押してくるタイプらしい。


「新しい学校で緊張してる人も多いと思うけどな。遠慮はいらん! 楽しいクラスにしていこう! よし、一年間よろしく!」


 そう言って、佐藤先生は手元のバインダーに視線を落とした。


「じゃあまずは――自己紹介だな。出席番号順でいこう。名前、出身中学、あとは部活とか趣味とか。短くでいいぞー」


 こうして、順番に自己紹介が始まった。

 無難な内容が続く中、俺も特に波風を立てることなく、自分の番を終える。

 そして、次の番のすぐ後ろの席の女子が、少しぎこちなく立ち上がった。


「え、えっと……一年三組の、田中……鈴音、です」


 声は小さく、けれど妙に通る。


「あの……人前で話すの、ちょっと苦手なんですけど……」


 教室の視線が、自然と彼女に集まる。


「えーと……好きなものは、読書と睡眠です。休みの日は……一日、十時間くらい本読んでます……あ、別にひきこもりとかじゃないです。たぶん……」


 どこか自嘲気味に笑いながら、鈴音は続けた。


「嫌いなものは……月曜日、です。月曜日って、存在する意味ありますか……? 正直、世界から消えてほしいです……」


 一瞬、教室が静まり返る。

 次の瞬間、遅れてクラスの数人から笑いが起きた。鈴音は少し安心したように、でもまだ視線を泳がせながら言葉を続ける。


「あ、えっと……あと人見知りなので、話しかけてもらってもいいですけど……急に来られると、ちょっと挙動がおかしくなるかもしれません……」


 最後に、小さく頭を下げる。


「……あ、はい。こんな感じで。へへっ。よろしく……お願いします……」


 席に座ると同時に、教室の空気が微妙に揺れた。

 完全に浮いている――が、不思議と嫌な感じはしない。妙な正直さと、不器用な自己開示。

 同じ陰キャとして、俺は勝手に親近感を覚えていた。しかも、後ろの席だ。


(後で……話しかけてみるか)


 そう決めたところで、佐藤先生の声が教室に響く。


「はい次! 次いくぞー!」


◆◆◆◆


四限目終了を告げるチャイムが鳴ると同時に、教室の空気が一気に緩んだ。椅子を引く音、話し声、ざわめきが一斉に広がっていく。


(……よし)


俺は小さく息を吸い、後ろを振り返った。

田中鈴音は、机の上にスマホを置いたまま、しばらく動かずに固まっていた。視線は画面に落ちているが、ロック画面のままだ。どう見ても、昼休みの過ごし方が決まらずにフリーズしているように見える。


「あ、あの……田中さん」


 声をかけると、彼女はびくっと肩を跳ねさせた。


「ひゃっ!? ……あ、え、はいっ」


 慌てて振り返った拍子に、机の角に肘をぶつける。


「いっ……」


「あ、ご、ごめん!」


「いえっ! 自爆です……!」


 田中さんは小さくうずくまりながら、なぜか親指を立てた。

 その動きに、思わず口元が緩む。


「えっと……西野くん、だよね」


「うん。西野ハヤト」


「やっぱり……朝の自己紹介、ちゃんと聞いてたので……あの、すごく普通でした」


「普通で悪かったな」


「い、いえ、褒めてます……!」


 慌てて首を横に振る田中さん。

 会話が噛み合っているようで微妙にズレてて、ちょっと楽しい。


「その……昼、どうするの?」


そう聞くと、田中さんは一瞬だけ視線を彷徨わせ、それから観念したように口を開いた。


「……決めてません。というか、毎回困ります」


「毎回?」


「はい。中学の時も……基本、空気になってました……」


 さらっと重いことを言う。

 でも、どこか吹っ切れたような言い方だった。


「もしよかったらさ」


 俺は弁当袋を軽く持ち上げる。


「一緒に食べない? 席、近いし」


 言い終えた瞬間、田中さんの動きが止まった。


「……いいんですか?」


「もちろん」


「えっと……急に変なこと言ったり、目線が迷子になったりしても……?」


「俺も似たようなもんだから大丈夫」


「……陰キャ同盟?」


「同盟だな」


 その一言で、田中さんの表情がふっと緩んだ。


「じゃ、じゃあ……お願いします……!」


 小さく、でもはっきりとした声。

 二人で机を向かい合わせにし、弁当を広げる。

 クラスのあちこちではすでにグループができていて、笑い声が飛び交っているが、ここだけ妙に静かだ。


「西野くんのお弁当……綺麗ですね」


「あー、まあ……一応自分で作ってる、田中さんは?」


「すごい…私はコンビニです……。朝は弱くて……」


「月曜日嫌いだもんな」


「覚えててくれたんですか……」


 田中さんは少し驚いたように目を瞬かせ、照れたように視線を落とした。


「……なんか、変な感じです」


「何が?」


「自己紹介で変なやつだって思いましたよね?……それでも、普通に話しかけてもらえるの」


 箸を止め、少しだけ考える。


「正直でいいと思ったよ」


「……え?」


「無理に取り繕うより、ああいうの」


 田中さんは一瞬ぽかんとした顔をして、それから、ゆっくりと笑った。


「……じゃあ、もう一個正直なこと言ってもいいですか」


「どうぞ」


「西野くん……男子なのに思ってたより、怖くないです」


「それ褒めてる?」


「最大級です……!」


 小さくガッツポーズをする田中さん。

 その様子を見て、俺は思った。


(……このクラス、悪くないかもしれない)


 朱里と別々のクラスになったことへの失望感が、ほんの少しだけ薄れる。

 新しい高校生活は、まだ始まったばかりだ。

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