後編

「……失礼いたしました。スポンサーの意向により、少々刺激の強いCMが流れましたことをお詫び申し上げます。さて、試合再開です!」


 両陣営、大きな発泡スチロールの箱から何かを取り出そうとしている。


「おっと、あれは……魚だ! 両陣営、御年取りの魚の勝負になるか!」


「西では鰤、東では鮭が一般的ですね。そのまま調理してくれるといいんですが……」


「しかーし! 両陣営とも魚を棍棒のようにかざして走り出したー」


「直接対決ですね。雑煮の妨害が余程腹に据えかねたのでしょう」


 両陣営の各一名が、魚を手に中央で激突した。


「チャンバラだ! 魚を使った殴り合いです。しかし暴力はNGだー」


「よく見てください。体には触れていません。相手の食材を壊すのが目的です。勿体ない……」


「なるほど! しかし、横に広くリーチも短い鰤の方が不利じゃないのか? いや、だが……押している! 押しているのは鰤を持つ西の方だ!」


「あ、あれは鰤じゃない。棒鱈です! 西陣営の箱も発泡スチロールじゃない。木箱だ!」


「おっとぉ! 鰤かと思いきや、棒鱈だった! あれは軽い、あれは固い。あんな味が付いているだけの木の棒を振り回されては、東の鮭では勝ち目がないかー」


「しかし、これは諸刃の剣……」


「どういうことですか、西東さん」


「音声を。ブーイングに耳を傾けてください」


『西は鰤でいい! あんな面倒なもの食いたくない!』

『戻すのに三日もかかるの嫌なんだよ!』


「な、何と! ブーイングが出ているのは西の方だ。内輪揉めか?」


「棒鱈は京都が中心の名物ですが、戻すのに三日から一週間かかる。タイパ重視の現代人には敬遠されがちなんです」


「なるほど。この戦い、いったいどのような……」


 ピピー!


「おぉっと! 主審のホイッスルです。これは……イエローカードだ! 戦っていた東西両名にイエローカード!」


「当然ですね。食材の扱いではありません。祝いの場で何をしているのか……」


 主審から警告を受けた両者は、とりあえず陣営へと戻った。

 再び黙々と調理を開始する。


「一時休戦でしょうか?」


「このまま、まともに料理をしてくれるといいのですが……」


 その時、東陣営で叫び声が上がる。


『誰だ! 作り直した雑煮に丸餅を入れた馬鹿は! またダメじゃないか!』


『ダメじゃない! 俺は……俺は丸餅の方が良いんだ!』


「な、何でしょう? 東陣営が揉めています。まさか、裏切り者!」


「違いますね。多分、山形県庄内もしくは岩手県一関。あの地域には丸餅信仰があります」


『そんな事を言うなら、俺だって角餅が良い! 丸餅は合わないんだ!』


「おっと、今度は西陣営だ。東陣営の影響を受けたか!」


「彼はおそらく高知県出身。あの地域も静岡から伝わった角餅が根強いです」


「つまり……餅は東と西だけじゃ分けられない?」


「当たり前です。日本がどれだけ複雑だと思っているんですか」


『だったら俺は長野県だが、年取り魚は鰤がいいぞ!』

『九州雑煮を忘れるな!』

『餡餅を入れろ! 白味噌を入れろ!』

『餅ってなんだ! ウチの雑煮は豆腐だ豆腐!』


「か、観客が叫んでいます。これはいったい……」


「当然です。祝いですよ? 何故強要されなければならないのですか。皆自分の味を持っている。自分の好きな味で祝いたいんです」


 解説者の西東がスクッと立ち上がって、マイクを手にする。


「さ、西東さん?」


「それでいい! それでいいんです。皆さん!」


 西東の声が会場内に響き渡る。

 選手や観客、全ての視線が彼に集まった。


「正月は祝いの席だ! 新しい年の始まりを、喜び、祝うものだ!

 角餅だろうが丸餅だろうが!

 鮭だろうが鰤だろうが、棒鱈だろうが!

 それぞれの土地に、それぞれの家に、それぞれの祝い方がある!」


 西東の脳裏に、故郷の祖母の笑顔が浮かぶ。

 丸餅の雑煮を囲んだ、あの正月。


「それを押し付け合って、何の意味がある!

 祝いとは、共に喜ぶことだ。勝ち負けではない!」


 会場が、西東の言葉に引き込まれていく。


「価値観を押し付けるようなことがあれば、それはもう祝いじゃない!

 それは……それは、呪いだ!」


 静寂。

 誰もが、西東の言葉に聞き入っていた。


 これでいい……これが、正月のあるべき姿だ。

 西東は、静まり返った会場を前に、そう心の中で呟いた。


「……あのー、西東さん」


 実況の南北が、小さく手を挙げた。


「何でしょう?」


「それって、押し付けてません?」


 会場の空気が、一瞬で変わる。


「……は?」


「いや、『押し付けるな』って、それ自体が一つの価値観の押し付けじゃないですか?」


 南北が、真顔で続ける。


「俺、北海道出身なんですけど、『鮭こそが年取り魚だ!』って主張したいんですよ。でも西東さんの言い方だと、それも押し付けになるから言っちゃダメってことになりますよね?」


「いや、それは……」


「それって、結局『自分の主張を持つな』っていう、新しい押し付けじゃないんですか?」


 西東が、言葉に詰まる。


「……そう、かも……」


 会場が、再び騒然となる。


『そうだそうだ! 俺は地元が一番だって主張したい!』

『んまっ! 関東と関西の夫婦だったら、二種類料理を作れって言うザマスか! 主婦の現実をわかってませんわね!』

『俺なんか、地元離れたから何処に行っても食べたいもの食えないんだぞ!』

『むしろ、私は食べたくないから実家に帰らないんですけど!』

『数の子は出汁を味わうものだ! 異論は許さん!』

『数の子は歯ごたえだろうが! 馬鹿な事を言うな!』


 選手や観客から、次々と声が上がる。


「南北さん! あんた! 折角いい話にまとまりそうだったのに、何てことしてくれるんだ!」


 西東が怒鳴る。


「いや、まとめられちゃ困るんですよ」


 南北が、平然と答える。


「こんな綺麗事で終わったら、来年からこの番組できなくなるじゃないですか。視聴率取れませんよ、そんなの」


「こんのぉ……こんな番組やめちまえ!」


「やーだーねー! と、そろそろ番組の終了時間が近づいてきたようです」


「どうするんだよ! どっちもポイント取らないまま乱闘じゃないか!」


「えーっとですね……あぁ、来年もまた開催されることが決定したようです」


「もうやめちまえって……」


 頭を抱える西東。

 そんな彼の手に、南北がスタッフから受け取ったグラスを渡す。


「まあまあ、これも祝いです。乾杯しましょう!」


「「乾杯!」」


 カチン! っと、綺麗にグラスの音が響く。


「それでは、実況の南北と」

「解説の西東でお送りしました」


「「来年また、ここでお会いしましょう!」」


 カメラが乱闘を続ける会場を写しながら、徐々に下がっていく。

 勝負は来年への持ち越しとなった。


 ――この国の平和な正月は、まだ遠い。




【 IWAI the Battle 了 】

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IWAI the Battle Ash @AshTapir

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