第8話 『合理的ソリューション』
シン……と、リビングが静まり返った。
健一は、顔を真っ赤にしたかと思えば、次の瞬間には真っ青になり、うつむいたまま何も言えない。
義母・昭子さんに至っては、自分の息子が「不良債権」と呼ばれたショックと、そのロジックが完璧すぎて反論できない恐怖で、小刻みに震えている。
この重苦しい沈黙を破ったのは、やはり私の母・聡子だった。
彼女は、まるで重要なプレゼンテーションを締めくくるかのように、穏やかな口調で切り出した。
「……さて、健一さん。アセスメント(査定)は終わりました。ですが、落ち込むことはありませんわ」
「え……?」
健一が、すがるような目で母を見る。
「私はあなたの『現状』を分析しただけ。ここからは『建設的なソリューション(解決策)』のお話です」
「かいけつ、さく……」
「ええ。健一さん、あなたは先ほど、『長男として家を守りたい』と仰いましたね?」
「……あ……」
それは、彼が最後まで振りかざしていた、唯一のプライドだった。
「素晴らしい心がけです。私、感動いたしました」
母は、にっこりと微笑んだ。
「ぜひ、実行してください」
「……どういう、ことだ?」
「言葉の通りですわ。あなたが『長男』として、この『家』を全力で守るのです」
母は、私(友香)と健一を交互に見た。
「この家庭における『リソース(資源)』を再確認しましょう。まず、うちの娘・友香には『高い稼得能力(キャッシュフロー)』があります。そして、私には『効率的な家事オペレーション・システム』があります」
母は、健一をまっすぐに見据えた。
「一方、あなたの『平均以下の稼ぎ』と『長男という古い価値観』は、現状、このプロジェクトの足を引っ張る『リスク要因』でしかありません」
「……っ!」
「ですが、健一さん。あなたにも、この家庭に貢献できる、唯一にして最大の『バリュー(存在価値)』が残されています」
母は、まるで業務命令を下すように、はっきりと宣告した。
「明日付で、会社を辞めてください。そして、専業主夫になりなさい」
「は…………!?」
健一の口から、空気が漏れるような音がした。
義母も目を白黒させている。
私もだ。
まさか、そんな結論が出てくるとは思わなかった。
だが、母は冷静に続けた。
「極めて合理的な判断です。健一さんの『低い稼ぎ』は、友香が『大黒柱』としてさらに稼ぐことで、十分にカバーできます」
「問題は、家事(労働力)です。私もいつまでもいるわけにはいきません。かといって、家事代行を雇えば、それだけコストがかかる」
「そこで、あなたです、健一さん」
母の目が、凍てつくように健一を射抜いた。
「あなたが、私の構築した『完璧な家事オペレーション・システム』を引き継ぎ、この家の家事のすべてを担うのです」
「『長男』として! 『家の主』として! 妻が安心して外で稼げるよう、完璧な『ホーム(家)』を守りなさい!」
「そ、そんな……! 男が、会社を辞めて……!」
健一が、絞り出すように反論する。
「なぜです? あなたの稼ぎより、友香の稼ぎの方が、この家の『利益』に貢献します。ならば、利益の低い方が家庭に入り、利益の高い方をサポートする。経営判断として、当たり前でしょう?」
「……あ……あ……」
健一は、もう「男が」とか「長男が」という古い価値観が、このロジックの前では何の役にも立たないことを、悟ったようだった。
「健一さん」
母は、最後に優しく(しかし、逃げ道は一切なく)言った。
「あなたが『長男として家を守る』と決断なさるなら、この私(聡子)が、あなたが『完璧な専業主夫』になれるよう、責任をもって『研修』いたします。……ご返事は?」
返事など、できるはずもなかった。
それは「提案」の形をした、絶対的な「決定事項」だったのだから。
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