第6話 『そのオペレーションは非効率です』
「さぁ、聡子さん! ぜひ、この子(友香)に『本物の家事』というものを見せてやってくださいまし!」
義母・昭子さんは、私をイびる「共犯者」を得たと勘違いし、すっかり上機嫌だった。
「ええ。承知いたしました」
母・聡子は、あの完璧なビジネススマイルを浮かべたまま、腕まくりした。
「まずは、お義母さまが『主戦場』と仰る、キッチンの現状把握(アセスメント)から始めさせていただきますわ」
「きっちん? ええ、どうぞどうぞ!」
母は、まず冷蔵庫の前に立った。
そして、ためらいなく、バタン! と観音開きのドアを全開にした。
「……」
母は、中を数秒間凝視すると、次に野菜室、冷凍庫と、くまなく視線を走らせる。
続いて、シンク下の戸棚、コンロ脇の調味料ラック、食器棚……。
まるで、監査法人がクライアントの資産状況をチェックするように、冷静かつ無慈悲に、義母の聖域(テリトリー)をスキャンしていく。
「……ひどいわね」
母が、ボソリと呟いた。
「は?」
それまで得意げに腕組みしていた義母の顔が、一瞬で強張った。
「……今、何と仰いました?」
「いえ。あまりにもオペレーションが非効率だと思いまして」
母は、笑顔を崩さないまま、義母に向き直った。
「お義母さま。失礼ですが、このキッチンの動線と在庫管理、著しく生産性が低いですわ」
「なっ……! せ、生産性!? 失礼な! 私はこのやり方で、何十年も主婦をやってきたんですよ!」
義母が、ついに怒りを露わにする。
だが、元バリキャリの母にとって、その怒りは「根拠のない反論」でしかなかった。
「お義母さまの『経験則』は素晴らしいものですわ。ですが、その『経験則』に『最適化』という概念が抜けていらっしゃいます」
母は、冷蔵庫の奥から、カピカピになった生姜のチューブを取り出して見せた。
「まず、在庫管理(ストックマネジメント)が杜撰です。同じ調味料が複数あり、賞味期限切れのものが奥に溜まっている。これは無駄なコストが常時発生しているということです」
「そ、それは……! 買い置きは主婦の常識で……!」
「次に、動線設計(ワークフロー)。なぜ、コンロから一番遠い場所に油が? なぜ、毎日使うお玉が、シンクの下に? 調理の度に、無駄な移動(工数)が発生しています。これではリードタイムが長くなるばかりですわ」
(……! そうだった!)
私はハッとした。
このキッチン、すごく使いにくいと思ってた!
お玉を取るたびに屈まなきゃいけなかったし、調味料の場所もいつも探してた。
私の「家事が苦手」は、もちろん私のスキル不足もあるだろう。
だが、それ以上に、この「非効率なシステム」のせいでもあったのだ。
「う……」
義母は「動線」や「工数」という言葉の意味が分からず、ただ圧倒されている。
母・聡子は、義母にとどめを刺した。
「お義母さま。家事とは『愛情』や『経験』である前に、日々の生活を回すための重要な『プロジェクト』です。このキッチンには、明確な指標(KPI)も、ロジックも存在しません」
「けー、ぴー……?」
「友香」
母が、私を振り返った。
「あなたが『家事が苦手』になるのも仕方ないわね。こんな非効率な環境(システム)で、高いパフォーマンスを出せという方が無理な話です」
(お母さん……!)
それは、私がずっと欲しかった言葉だった。
母は、呆然と立ち尽くす義母に、にっこりと微笑んだ。
「というわけで、お義母さま。明日から、このキッチンのオペレーションを根本から見直し、再構築(リストラクチャリング)します。あなたの『経験則』は一度、すべて忘れてくださいね」
「な……な……!」
義母は、ワナワナと震えるだけで、何も言い返せなかった。
自分の唯一の権威が、よく分からない言葉によって、「非効率なもの」と断罪されたのだから。
(さて、と)
母が、チラリとリビングの隅でオロオロしている夫(健一)に視線を移すのを、私は見逃さなかった。
(第一目標は、陥落。……次は、第二ね)
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