第5話 『救世主(アセスメント)の降臨』
(……前略:友香が実母・聡子にSOSを送信した夜)
私がトイレに立てこもった後、健一が「おい、友香! いつまで入ってるんだ! お袋が寝れないだろ!」とドアを叩いてきた。
私は「気分が悪いから」とだけ返し、そのまま朝まで出てこなかった。
翌朝。
私はほとんど眠れないまま、目の下にクマを作り、リビングに出ていった。
すでに義母・昭子さんと健一は食卓についており、義母が淹れたインスタントのコーヒーをすすっている。
「……おはようございます」
「あら、友香さん。昨日はずいぶんトイレがお気に入りだったみたいね。主婦が朝寝坊なんて……」
義母がネチネチと嫌味を言い始めた、その時だった。
ピンポーン。
リビングに、軽やかなインターホンの音が響いた。
健一が「誰だ? こんな朝早くに」と面倒くさそうに立ち上がる。
「……! 私、出る!」
私は、何かを察し、転がるように玄関のモニターへ向かった。
そこに映っていたのは、予想通りの人物。
黒のシンプルなパンツスーツを完璧に着こなし、一分の隙もない笑顔を浮かべた、私の母――聡子(さとこ)だった。
「……お母さん」
「はい、どうぞ!」
私が受話器を取るより早く応答したのは、リビングから出てきた健一だった。
ガチャリ、と玄関のドアが開く。
「……はじめまして、お義母(かあ)さま。私、友香の母の、橘 聡子(たちばな さとこ)と申します」
そこに立っていた母は、高級そうな和菓子の大きな包みを持ち、完璧な角度でお辞儀をしていた。
「あ……どうも」
突然の訪問者、それも「嫁の親」がアポなしで来たことに、義母は明らかに怪訝な顔をしている。
「朝早くから申し訳ございません。……あら、健一さんもいらしたのね。ちょうどよかったわ」
母・聡子は、スッと顔を上げると、いつもの「笑顔(ただし目は笑っていない)」を義母に向けた。
「他でもございません。昨夜、娘の友香が『家事が全く追いつかず、お義母さまにまで多大なご迷惑をおかけしてしまっている』と、泣きついてきまして」
(……え? 私、そんな言い方してないけど)
母の言葉の真意が掴めず、私はただ戸惑う。
母は、私の憔悴しきった顔をチラリと一瞥(いちべつ)すると、さらに深々と頭を下げた。
「すべて、私の育て方が悪かったと、深く反省しております。この子が、健一さんのお家(・・)の『お荷物』になっていたようで、本当に申し訳ございません」
「お、お荷物だなんて、そんな……」
さすがに健一も慌てているが、義母は「ふん、分かってるじゃない」とでも言いたげに口元を歪めている。
(よし、食いついた)
母の目が、コンマ一秒だけ鋭く光ったのを、私は見逃さなかった。
母・聡子は、勝負をかけるように、最高の笑顔を作った。
「つきましては、お義母さまにご迷惑をおかけし続けないよう、そして、この子が一人前の『妻』になれるまで――」
「しばらくの間、この私(・・)が、こちらで『お手伝い』と『指導』のために、滞在させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え……?」
「ええっ!?」
私と健一の声がハモった。
何を言ってるんだ、このお母さんは!?
だが、義母・昭子さんの反応は違った。
「……まぁ。友香さんのお母様が、直々に?」
義母の顔に、見る見るうちに「喜び」が浮かんでいく。
(嫁の親が、嫁を指導するのを手伝ってくれる? しかも、家事の『お手伝い』? タダ働きが増えるじゃない)
そんな心の声が、ダダ漏れだった。
「ええ。もちろん、ご迷惑でなければ。まずは、この子がどれだけ『できていない』のか、私が客観的に**現状把握(アセスメント)**をさせていただきたく……」
「まぁ! よろしいですとも!」
義母は、私の制止も聞かず、母・聡子の手を握った。
「どうぞどうぞ! 聡子さんとおっしゃいました? ぜひ、上がってください! この子(友香)に、ビシバシと『常識』を教えてやってくださいまし!」
(……あ。終わった)
義母の満面の笑みと、アタフタしている夫を見て、私は確信した。
最強の監査役(アタッカー)が、この理不尽な城に、今、着任した。
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