第4話 『お里が知れる』
家事、仕事、そして「金銭感覚」。
義母・昭子さんの監視(ジャッジ)は、私の生活のすべてに及んだ。
その日は、私がネットスーパーで注文していた「少し良いオーガニックの野菜セット」が届いた日だった。
家事が苦手な分、せめて食材くらいは良いものを。
そう思ってのささやかな贅沢だ。
もちろん、私のお金(・・・・・)から出している。
「……まぁ、こんな高い野菜を」
私が受け取った段ボールを覗き込み、義母が嫌味ったらしく呟いた。
「健一(夫)のお給料でやりくりするのが『妻』の役目でしょうに。嫁が稼いでるからって、金銭感覚が派手になるのは困るわね」
「で、でも、これは私のお給料から……」
「それがダメだと言ってるのよ!」
義母は声を荒らげた。
(息子より稼いでいる嫁)という存在が、彼女のプライドを根底から刺激しているのは明らかだった。
「いいこと、友香さん。女がいくら外で稼ごうと、『家』のお金は男(健一)が稼いだものが基本なの。それ以上を使うなんて、家の恥よ」
「そんな……!」
理不尽すぎる。
私の稼ぎが、この家のローン返済や生活費の大部分を支えているという事実を、この人たちは意図的に無視しているのだ。
「友香」
ちょうど帰宅した健一が、義母の剣幕を見て、またあの「面倒くさそうな顔」をした。
「お袋もああ言ってるんだし、少し控えろよ。だいたい、お前は家事もロクにできないんだから、金遣いまで派手になったら、示しがつかないだろ?」
――家事もロクにできないんだから。
その一言が、私のなけなしの反論を封じ込める。
私は、稼ぎで夫に勝っている「負い目」を、家事ができない「弱み」によって相殺され、結局はこの理不尽な搾取構造の最下層に甘んじるしかないのだ。
「……ごめんなさい」
私がそう謝ると、義母は「分かればいいのよ」と勝ち誇ったように笑った。
そして、その夜。
夕食の後片付けで、私が洗ったお皿の拭き方が甘かったのだろう。
義母の甲高い声が飛んだ。
「まだ水滴が残ってるじゃない! 何度言ったら分かるの!」
「す、すみません、すぐに……」
「本当に、要領が悪いわね! これだから仕事ばかりの女は!」
義母は、私の手から布巾をひったくると、わざとらしく大きなため息をついた。
「はぁ……。本当に、友香さんはお母様(・・・・・)に何も教えてもらわなかったのね」
――え?
「だからこんなに要領が悪いの? お里が知れるわ」
(……プツン)
私の中で、何かが切れる音がした。
家事が下手だと罵られるのはいい。
仕事の邪魔をされても、我慢した。
私のお金で買ったものに文句を言われても、耐えた。
でも。
(お母さんを……馬鹿にするな)
私のお母さん、聡子(さとこ)さん。
仕事一筋で、家事はすべて「効率化」と「外注(アウトソース)」で完璧に回していた、元バリキャリのあの人を。
この、古い価値観だけで生きてきた義母なんかに、侮辱されてたまるか。
「……友香? 何よ、その目」
義母が訝(いぶか)しげに私を見る。
私は、布巾をシンクに叩きつけると、何も言わずにその場から駆け出した。
「こら! 友香! どこへ行くの!」
背後で義母が叫んでいる。
トイレに駆け込み、鍵を閉め、震える手でスマートフォンを取り出す。
指が滑って、うまくロックが解除できない。
涙で画面が滲む。
(お母さん)
登録名「母」をタップし、耳に当てる。
数回のコールの後、聞き慣れた、低く冷静な声が聞こえた。
『――もしもし、友香? どうしたの、そんな時間に』
「……っ、う……」
声を聞いた瞬間、ダムが決壊したように嗚咽が漏れた。
「お母さん……っ! 助けて……!」
『……!』
「もう、むり……っ! 私……私、お母さんのことまで……っ!」
『……落ち着きなさい、友香』
電話の向こうで、母(聡子)の声のトーンが、スッとビジネスモードに切り替わるのが分かった。
『状況は理解したわ。今すぐ行く』
「えっ、でも……」
『住所を、今すぐメッセージ(・・・)で送りなさい。いいわね?』
それは、私が知っている、プロジェクトの炎上(トラブル)を鎮圧する時の、母の有無を言わさぬ声だった。
「……わかった」
涙を拭い、震える指で住所を打ち込む。
――送信。
(来る。お母さんが、この地獄に、来てくれる)
恐怖と、そして、ほんの少しの期待が入り混じったまま、私はトイレのドアを背に、ズルズルと床に座り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます