第3話 『「仕事」より「家のこと」が優先でしょう?』
家事でのストレスに加え、私にはもう一つ、深刻な問題が持ち上がっていた。
義母・昭子さんは、私の「リモートワーク」という働き方が、どうにも気に入らないらしかった。
「友香さん。まだパソコン(・・・・・)に向かってるの? お昼ご飯の支度は?」
「(キーボードを打つ手を止め)……すみません、お義母さん。今、大事な作業中で。お昼は、昨日買っておいたパンか何かで……」
「まぁ! 健一(夫)がいないからって、お昼を手抜きするつもり? 信じられない」
家にいるのだから、家事を完璧にこなすのが当然。
それが義母の理屈だった。
仕事中だろうが関係ない。
家にいる「嫁」なのだから。
そして、最悪の事態は、重要なクライアントとのオンライン会議中に起きた。
リビングの一角に設けたワークスペースで、私はノートPCのカメラに向かい、神妙な顔で頷いていた。
「――はい。ご提示いただいた仕様の件ですが、こちらのA案であれば、納期(デッドライン)は……」
その時だった。
ガチャッ。
何の断りもなく、リビングの物入れのドアが開いた。
「(ゴゴゴゴゴ……!)」
背後で、突然けたたましい音が鳴り響く。
PC画面の向こうで、クライアント(部長クラスだ)が怪訝な顔をした。
「……友香さん? 何か、そちらで……」
「あっ、いえ! し、失礼しました! あの、少々お待ちください!」
ミュートボタンを押し、慌てて振り返る。
そこには、ノイズキャンセリングも貫通しそうな轟音を立てて、義母が掃除機をかけていた。
よりにもよって、今、ここで。
「お義母さん! お願い、やめて! 今、大事な会議中なの!」
私が血相を変えて駆け寄ると、義母はピタリと掃除機を止め、心底不愉快そうな顔で私を見た。
「何よ、大声出して。ホコリがすごいから掃除してあげてるんでしょう」
「でも、今! 本当に大事な……!」
「あら、お仕事?」
義母は、わざとらしくため息をついた。
「お仕事(・・)も結構だけど、それより『家のこと』が優先でしょう? 健一(夫)が帰ってくるまでに家をキレイにして、美味しいご飯を用意するのが『妻』の役目よ」
(違う……!)
(私の仕事は、健一さんより稼いで、この家のローンを支えてる……!)
そう叫びたかった。
だが、PCの向こうでは、重要なクライアントが待っている。
私は「後で必ずかけ直します!」と涙目でチャットを打ち込み、会議を強制終了するしかなかった。
「……お義母さん」
「何?」
「……もうすぐ、健一さん、帰ってくる時間ですね。夕飯の支度、します」
ぐっと奥歯を噛みしめる私を見て、義母は「最初からそうすればいいのよ」と満足げに鼻を鳴らした。
その夜。
さすがに、この一件は健一に抗議した。
「ねぇ、健一さん。お義母さん、私が仕事中なのに掃除機かけてきて……会議、台無しになっちゃったの」
すると、健一は「はぁ?」と面倒くさそうに眉をひそめた。
「お袋も、友香のために家をキレイにしてくれてるんだろ。そんな邪険にするなよ」
「でも、仕事の邪魔を……!」
「家にいて金稼げるなんて、お前は楽でいいよな。お袋の言う通り、家のこともちゃんとしろよ」
――楽で、いい?
私の仕事(キャリア)への侮辱。
そして、義母と夫による、完璧な連携(コンビネーション)。
私は、この家で「稼ぐ機械」でありながら、「完璧な家政婦」であることを同時に求められているのだ。
もう、何かが限界に近づいているのを、感じていた。
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