第2話 『不良債権の上司(義母)は「経験則」がお好き』


義母との同居が始まって、数日。


ただでさえ家事が苦手な私は、リビングのソファに陣取る「監視者(義母)」の視線で、精神をすり減らしていた。


(……ミールキットの野菜、これでいいんだよね? レシピ通り……)


今日は私が夕食当番の日だ。


仕事(リモートワーク)を終え、慣れない包丁を握る背中に、義母の視線が突き刺さる。


健一は「お袋がいるから」と、最近は残業もせずに定時で帰ってくるようになった。

もちろん、家事など手伝わないが。


「ただいまー。お、今日は友香が飯当番か」


「おかえりなさい、健一さん直。もうすぐ……」


「友香さん」


私が健一に返事をするのを遮って、義母の冷たい声が飛んだ。


ソファから立ち上がった義母は、私の手元(まな板の上)を覗き込む。


「まぁ……雑な切り方。大きさがバラバラじゃないの。これじゃ火の通りも均一にならないわ」


「えっ、で、でも、レシピには……」


「レシピ? そんなものに頼るからダメなのよ。料理は『勘』と『経験』よ」


義母はそう言うと、私が味付けのために用意していた調味料(ミールキット付属)をひったくった。


「こんな『素』みたいなもの使って。だからいつまで経っても上達しないのよ」


勝手に戸棚を開け、醤油とみりんを雑に振り入れる。


「あっ、お義母さん、それじゃ味が……!」


「うるさいわね。主婦の経験(キャリア)が違うのよ。……はい、できたわ。健一、食べましょう」


食卓に並んだのは、レシピを無視され、やたらと醤油辛くなった「何か」だった。


「うーん……ちょっと濃い、かな?」


健一が恐る恐る口にすると、義母が私を睨みつけた。


「友香さんの切り方が悪いから、味が染み込みすぎたのよ! まぁ、これじゃ健一が可哀想だわ」


(え、私なの? 味付けしたのは、お義母さんなのに……)


「そうだよな、友香」


健一が、待ってましたとばかりに私に同意を求めてくる。


「お袋の言う通りだ。友香は本当に家事が苦手なんだから、これを機にちゃんと習えよ。な? お袋の味ってやつをさ」


「……ごめんなさい」


私は、そう一言返すことしかできなかった。


仕事(IT)では、ロジックと実績が全てだ。

理不尽な責任転嫁などあり得ない。


けれど、この「家」という空間では、「主婦の経験」という曖昧な権威と、「長男」という古い価値観がすべてを支配する。


(私の方が、健一より稼いでいるのに)


(私が苦手な家事を、義母が完璧にやってくれるわけでもないのに)


理不尽さに涙が出そうになるのを、私は冷めた醤油辛い野菜炒めと一緒に、ぐっと飲み込んだ。


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