『(長男)が専業主夫になりました。~「稼ぎも家事も妻以下」とウチの最強実母に論破された男の末路~』
品川太朗
第1話 『「長男だから」は魔法の言葉』
「ただいま」
リビングのドアが開き、夫の健一(けんいち)がいつもより少しだけ強張った顔で入ってくる。
私はリモートワークを終え、慣れない手つきで作った夕食をテーブルに並べているところだった。
「おかえりなさい。お疲れさま。ご飯、もうできるよ」
「あぁ。……友香(ゆか)、ちょっと大事な話がある」
健一の改まった口調に、私は「え?」と手を止める。
まさか、仕事のトラブルだろうか。
「あのさ、来週の日曜。お袋がこっちに引っ越してくるから」
「……え?」
意味が分からなかった。
こっちに?
「こっちって……どこに?」
「決まってるだろ。ウチだよ。このマンション」
健一は「何を当たり前のことを」とでも言いたげに、ネクタイを緩めながら言った。
「えっ、同居!? 待ってよ、私、何も聞いてない!」
「言う必要ないだろ。俺は長男なんだから。親の面倒見るのは当然だ」
「当然って……でも、いきなりすぎるよ! 二人で話し合うとか……!」
思わず声が大きくなる私に対し、健一はカバンをソファに乱暴に放り投げた。
その瞬間、彼の顔からいつもの穏やかさが消え、私が苦手な「見下す」ような目が光る。
「だから! これは『家』の問題なんだよ。俺が決めることだ」
「でも、私だっているのよ! この家は二人で……!」
「うるさいな! お前は仕事ばっかりで、ロクに家事もできてないだろ!」
図星だった。
ぐっ、と喉が詰まる。
私は確かに、ITエンジニアとして健一より稼いでいる。
けれど、いわゆる「完璧な主婦業」からは程遠い。
料理は苦手だし、掃除も週末にまとめてやる程度だ。
その「負い目」を、健一は正確に突いてくる。
「お袋が来れば、お前の負担も減るだろ? 家事だってちゃんと教えてもらえる。良かったじゃないか」
「そ、それは……」
違う。そういう問題じゃない。
そう言いたいのに、声が出ない。
私の稼ぎが健一より多いこと。
彼がそのコンプレックスから、家庭内で「長男」という権威を振りかざしたがること。
それに気づいていたからこそ、私は彼のプライドを傷つけないよう、家事が苦手なことを「弱み」として受け入れてしまっていた。
「……もう、決まったことだから」
健一はそれだけ言うと、返事も聞かずに風呂場へ向かった。
リビングに残された私と、急速に冷めていく夕食。
(決まったことって……)
理不尽な決定が、「長男だから」というたった一言でまかり通る。
私の反論も、戸惑いも、一切を無視して。
そして、悪夢の「来週の日曜日」は、無情にもやってきた。
「友香! 荷物、玄関まで運んでくれ! お袋、疲れてるんだから!」
「……うん」
健一は、甲斐甲斐しく義母の荷物をリビングに運び入れている。
義母――昭子(あきこ)さんは、私を一瞥(いちべつ)すると、品定めするような目でリビングを見回した。
「ふぅん。まぁ、狭いけど二人ならこんなものかしらね」
「はは、まぁね。でも、これからは三人だから、友香にもっと節約してもらわないとな!」
健一が私を見て笑う。
(私が稼いだお金も、この家のローンに入っているのに)
そんな言葉は、喉の奥に張り付いて出てこない。
義母・昭子さんは、私に向き直ると、ニコリともせずに言い放った。
「友香さん。あなたは仕事で忙しいそうだけど、健一は『うちの嫁は家事が苦手で』と随分心配していたわ」
「え……」
「これからは私がしっかり『指導』してさしあげますから。覚悟なさってね」
それは、宣戦布告だった。
こうして、私の意志など存在しないかのように。
義母との地獄のような同居生活が幕を開けた。
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