同級生と先輩



「《異災警報、異災警報――異災警報レベル2、対応部隊、迎撃準備》」



 繰り返される機械音声。

周りを見れば新入生のほとんどが状況を呑み込めず、理由もなく立ち上がったり隣に座る友人に話しかけたりと落ち着かない様子だった。


 総一郎と紗希の心境もそう大きくは変わらない。

 他の生徒よりは少しだけ落ち着いているかもしれないが、状況の把握は出来ていない。


 いや、先ほどから聞こえる機械音声の内容をちゃんと聞けば――、



「――静かに!」



 短く、鋭い声が講堂に響き渡った。

 それと同時に腕時計から聞こえていた警報音がぴたりと止まる。



「桐藤、花ノ木、サポートと市民課への連絡、避難誘導を」


「はい」


「了解です!」



 大雅の声に第六、第七部隊の隊長――桐藤恵と花ノ木すみれが短く答える。

 二人は返事と共にステージ裏へ駆け、ステージ前方に座っていた生徒数十名も一斉に立ち上がり講堂から出ていく。



「桜田、いつも通り対応を。全体指揮はお前に任せる」


「…了解」


「…いや」


「…?」


「せっかく良いタイミングで異災が起きたんだ、新入生数名を連れていけ」



 大雅の言葉に動揺の反応を見せたのは新入生、ではなく二、三年の生徒たちだった。



「新入生を?冗談じゃない、足手まといにしかならない」


「数名…そうだな、6名くらいでいい。それぐらいなら足手まといになっても影響はないだろ」


「…誰を連れて行く」



 マイク越しに聞こえる二人の会話。

 大雅が講堂内の新入生をぐるりと見渡すと、沈黙と緊張感が広がる。

 状況は呑み込めずともこのあとどうなるかは察することは出来た。



「…一年A組、笹川、柳、雛森」



 突然呼ばれた自分の名前に一拍遅れて席を立つ。

 緊張か夢見た魔法術師への一歩を進む自分への祝福か、手は汗ばみ少しだけ震えていた。


 その後に呼ばれた紗希も総一郎と同様に立ち上がり二人ともステージに視線を送る。



「一年B組、佐々木。一年G組、柏崎、工藤」



 さらに3名の名前が呼ばれ、6名が立ち上がるのに連動し警報音に動揺して立ち上がっていた生徒が座っていく。


 最後の一人が呼ばれてから数秒後、新入生の中で立ち上がっているのは大雅から指名された6名のみになった。



「呼ばれた6名は今すぐ校門前へ、桜田の指示を聞いて動くように」


「――3分だ、それまでに校門前に来るように」



 大雅の言葉に被せるように指示を出し、春斗はステージ裏へと消えていく。

 立ち上がったはいいものの、次の行動をどうするか決定するまでの思考力は未だなく、牽制するような空気が流れ――、



「どうした、早く行かねば桜田に怒られるぞ。特に…柳、雛森は遅刻した分役に立ってこい」


「…行こう、総一郎」


「あ、あぁ」



 大雅からの応援の言葉、というよりは煽るような言葉を聞き総一郎と紗希はひとまず講堂の外へ向かう。


 扉から出る直前にステージを振り返ると、こちらを見て薄い笑みを浮かべる大雅の表情が目に入った。



「――全員、着席するように。異災発生のため俺は席を外す。式の進行は生徒会副会長の笹川遥樹に任せる」



 講堂に残された生徒たちの視線を最後に扉を閉めた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 春桜魔術学園、校門前。

 数分前に走ってたどり着いた場所へとんぼ返りしたことに若干のやるせなさを感じるが今はそれどころではない。


 春斗に言われた3分という時間はちゃんと守り校門前へ来たはずだが、周りを見渡してもその春斗本人は見当たらない。

時間を確認すればもうすぐ3分が経ちそうな時刻だった。



「おいおい、隊長本人が遅れるっていいのかよ」


「今日遅刻しそうになった総一郎が言うとは」


「隊長さんと俺じゃ遅刻の重みが違うだろ?」


「それ、立場が低い側が言うとダサいね」


「うっせ」



 こちらを見てくすくすと笑う紗希の隣で足元にあった石ころを蹴飛ばす。

 


「――おい」


「ん?」



 蹴飛ばした石ころが思ったよりも転がってなんだか少し嬉しくなっていると、後ろから声をかけられる。

振り返ると、そこには自分と同じ新品の制服を着た男子生徒が立っている。

顔を見れば先程一緒に講堂から出てきた一年生であり、大雅が呼んでいた名前は確か、



「笹川くん、だったっけ?」


「ちっ…」



 名前を呼んだだけだったがこちらへの敵意をむき出しにし、隠す気のない舌打ちが返ってくる。

 はて、この男子生徒に何か自分はしてしまったかと思い返してみたが、これが初対面のはず。


 そんなことを考えていると男子生徒が口を開き、



「隊長への失礼な発言はやめろ。お前のような一般生徒がどうこう言える人ではないぞ、桜田隊長は」


「あ、あー…失礼ってのはさっきの遅れてるとかのことか?」


「そうだ。入学式初日から遅刻してくるようなお前が桜田隊長の言動について言う資格などない」


「い、いやあれは単なる冗談というか雑談というか…別に本気で遅れてることに文句を言うつもりは――」


「雛森紗希、お前もだ。入学試験において次席でありながらこんな奴と遅刻するなんて春桜の第一部隊として恥ずかしくないのか」


「…」


「お前がそんなだと首席である僕――笹川一斗の格まで下がる。分かったなら、」


「…うざ」


「なっ――!」



 手は腰に、顎を上げ、物理的にも上から目線を保つ一斗の一方的な説教。

 初対面でも分かるそのプライドの高さに紗希の一言は劇物だったようで、一斗の顔が一気に赤くなる。


 総一郎はそのまま紗希に詰め寄りそうな一斗の前に立ち、



「まぁまぁまぁまぁ!こいつは…ほら、人見知りっていうか慣れてない人にはちょっと冷たいっていうか。もうほんと笹川くんの言う通りなんで…気を付けまーす!」


「慣れてない人じゃなくてもこんな初対面でうざいやつなんて――」


「なんだと――!」


「よーし、紗希!お前はこの石ころでも蹴ってろ!」



 足元にあった石ころを紗希のもとへパス。不機嫌ながらもこちらの意図は伝わったようで、石ころをトラップ、そのまま誰もいない方向に蹴飛ばした。ナイスシュート。

 未だ熱が冷めない一斗を落ち着かせようと向き合うと、



「お、いいね。新入生。元気いっぱいじゃないか」



 すぐ後ろから聞こえてきた声に驚き、一瞬反応が遅れて振り向いた。



「君たちの面倒を押し付け…こほん、担当することになった二年で小隊長の遊佐新だ。よろしく」



 黒く短い髪を綺麗に整え、にこにこと優しい笑顔を見せる新。新入生と違うネクタイの制服を着ているため上級生であることはすぐに分かり、新入生はひとまずお辞儀を返した。

身長は180センチ近くある総一郎よりももう少し高いが、穏やかな雰囲気のせいか圧のようなものは感じなかった。


 新入生のお辞儀を見て満足気に頷いた新は総一郎と一斗の方に手を置いて、



「よし、面倒くさい説明は全部道中で!まずは僕の姿を見失わずについてくること。分かったかい?ではよーい――どん!」


「え」



 始まりの合図と共に肩に手を置いていた新の姿がブレ、消える。

 新が移動した時に発生した強風に顔を覆ったことで、次の行動が遅れた。

たまたまなのか狙ってやっているのか、どうにもこの学園の上級生は状況判断を急に迫るようなことをする。



「今度は遅刻しないことだな」



 新の言葉に一番早く反応したのは一斗だった。

 一瞬だけこちらを見て意地悪く笑ったかと思えば、少しだけ身を屈ませる。一拍置けば一斗の姿は既になく、見えるのは遠くの小さい背中のみ。



「あのやろ…」



 一斗の顔に少し苛立ち総一郎もすぐさま魔法を展開。

 基本五系統の中で最も移動に優れ、総一郎も扱える風魔法。

 先程の新の移動にも同じ風魔法が使われており、総一郎は移動方法に風魔法を選ぶ新に少しだけ親近感を覚えた。


脚に風を纏わせ、指向性のある風を介して体を前へと押し出す。

 身体が高速で移動することで周りの景色がぼやけるが、一斗の背中だけは見失わない。

 数秒後にはその背中に追いつく、そう感じた瞬間に、



「魔法の展開だけは早いんだから」


「数少ないお前に勝てる俺の長所だからな」



 後ろからかけられた紗希の声には驚かず、どうよと自慢気に返事をする。


 総一郎の返事を聞いて呆れたように息を吐いた紗希の足元を見れば、脚の周りが水の膜で覆われていた。

 系統によって魔法使用による移動方法は異なるが紗希が使用できる水魔法ではこの方法が多く用いられる。脚の周りを水膜で覆い摩擦を減らし脚の裏から水を噴射させることで推進力を発生させている。


 以前総一郎が紗希に対して、それ移動方法難しくないのかと聞き、フライボードみたいで楽しいよと言われ、やったことねぇよと返した記憶を思い出す。



「お、少し先に遊佐先輩いんじゃん。挨拶ついでに笹川くん煽り返してくるわ」


「そんなしょうもないこと――あ、もう!」



 少し前に見える一斗に追いつくため魔法の出力を上げた。

 隣に並んだ総一郎を見て一斗は一瞬驚いたように目を見開いたが、小さく舌打ちをしたのに視線を前に戻した。


 そんな一斗の表情に満足した総一郎は、魔法の出力上昇を止めず一斗を追い抜かし――、



「遅刻すんなよ笹川くん、桜田隊長に怒られるぞー」



 振り返りながらわざと間延びした声で煽ってやれば、一斗は表情を怒りに染め脚の周りに青白い雷光が走らせた。


 二人の追いかけっこが白熱することで新の背中に追いつき、



「お!やっぱ元気だね、新入生」


「鬼ごっこなんて小学生ぶりですよ、遊佐先輩」


「僕は別に鬼じゃないけどね。どっちかというと徒競走じゃない?」


「フライングしてる人いましたけど」


「こりゃあ手厳しい…たしか君は柳君、だったかな?」


「はい、遊佐先輩、でいいですかね?」


「呼び方はなんでもいいよ。それと君は…笹川君だね」


「――すみません、遊佐小隊長。柳が失礼なことを」



 新は総一郎に気づくとさっきと同じような笑顔を浮かべた。

 簡単な会話と挨拶を済ませれば、追いついた一斗にも声をかけた。

失礼なことなんて言ってねーよと返せば、また鋭い目つきで睨まれる。



「ふむ…ちょうどいいね」



 二人の様子を見て一瞬何かを考えた新が、後ろへ振り返り手招きをした。


 それに釣られて総一郎も後ろを振り返るとこちらと一定の距離を保ちながら走る紗希と、そのかなり後ろを走る3名の新入生が見える。


 どうやら新は紗希を呼んだらしく、その意図に気付いた紗希も速度を上げて隣に並ぶ。

 涼しい顔で追いついた紗希に一斗は何か言いたげだったが、



「六人のうち君たち三人は良い魔法の使い方をするね」


「はぁ…ありがとうございます?」



 新から突然褒め言葉を貰い、咄嗟に返したお礼のイントネーションがおかしくなるが誰にも指摘されずに新が続ける。



「よし、それじゃあ現場に着くまでの数分間――特別授業といこうか」



 優し気な笑顔の中に一滴の意地悪さが含まれているように見えた。

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