四季魔術学園の第零部隊~未完成の魔法術師と六色の魔法使い~
夜野 夕陽
入学式
「――綺麗だ」
固い地面に膝をつき、荒れた息とうるさいくらいに跳ねる自分の心臓の音を落ち着かせながら、そんな言葉が口を出た。
目の前に立ち塞がる幾千もの魔物たち。彼が想像していた魔物との戦闘というものは開始五分で崩壊し、次々と痛みや恐怖で膝を折る同級生や先輩たちをただ眺めることしか出来なかった。
体中に擦り傷があり足のふくらはぎには先ほど魔物によって切られた大きな傷がある。
それらの傷の痛みは今もある。あるが、痛みよりも心が引き寄せられる光景が目の前にはあった。
「――」
続けて漏れた感嘆の声ははっきりとしたものにはならず、そのまま空へと消える。
ふと横を見れば、薄い水色の髪の毛を靡かせた少女が目に入った。
彼女も彼と同様に全身に傷を負い、地面に座り込んだまま目の前で繰り広げられた世界の奇跡――魔法を眺めている。
「あの人だ」
視線を戻した彼の言葉に、今度は彼女が反応した。
たった一人、彼の視線の先にはたった一人の後ろ姿。黒色と桜色で彩られたローブは風の魔法によって揺れ、視線を送る人物の前に立ち塞がる魔物は瞬きの間に倒され霧となっていく。
倒した魔法は炎か氷か――僅かな気温の変化から考察するが、見定める時間はなくその人物は森の奥へと走っていく。
つい先程までは絶望しかなかったこの状況をひっくり返してみせた一人の魔法術師。
――そうだ、
「あの人が――俺の目指すべき魔法術師だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遡ること二時間前。
視界が一面ピンク色になったかのような桜並木の道。花びらが不規則に舞い落ちて、地面を彩っている。
その中を16歳の高校一年生――柳総一郎が息を切らしながら走っていた。
整えられた薄緑色の髪の毛が風に揺れる。178センチある身長とは思えないほど身のこなしは軽やかだ。
所々着崩された制服からは彼の快活さと不真面目さを感じ取ることが出来、あまり新入生には見えなかった。
そんな彼は周りの綺麗な桜には目もくれず駆け抜けていく。
「やばーい、遅刻遅刻……ってマジでやばい。遅刻主人公の真似してる場合じゃねぇわ」
まだ余裕があるだろうとふざけながら時間を確認すれば、自分の体内時計がのんびり屋だったことが分かって走る速度を上げた。
長い長い桜並木の道の先に微かに見える大きな建物。
それは総一郎が現在進行形で目指しているゴールであり、今日から入学する学園――春桜魔術学園でもある。
入学初日から遅刻しそうなこの状況の理由を話せば長くなるが――短く話せば寝坊した。
「くっそ、凪咲のやつ、今日だけは起こしてくれって言ったのに!」
遅刻の原因を自分の妹――柳凪咲に押し付けつつ学園を目指していると、校門の前で誰かがこちらを待っているのが見えた。
入学式ということもあり学年主任や生活指導の教師かと疑いつつ近づけば、その背丈は自分より低く総一郎と同じ制服と着た女子生徒だと気付いた。
「うげ…紗希かよ」
水色の長髪と校門の前に咲いた桜が風を受けてひらひらと揺れている。
大きな瞳はこちらを責めるように横に伸び、手は胸の間で組まれている。こちらに気づき
何か言いたげに口を開くが、何を言われるかなんてのは簡単に想像できた。
「こんな日まで遅刻?」
「…まぁ、あえてというか?春桜で目立つためには普通のことはしてられないからな」
「普通じゃなければ良いってことじゃないでしょ」
「へいへい…ってか、こんなとこにいてもいいのかよ。お前も遅刻するぞ」
「大丈夫よ、だってほら――、」
紗希が自分の後ろにある校舎を指差した。
その指の先を目で追えば、春桜魔術学園の本校舎の隣に建つ時計塔があり、時刻を確認しようとさらに視線を上げると――キーンコーンカーンコーンと、聞き慣れた音と共に9時を指す時計盤が見えた。
「え」
「だってもう遅刻確定だし」
「…」
涼し気な顔をした紗希に総一郎は口を震わせ、
「ばっか、先に言えよ!ギリギリ間に合ってたかもしれないだろ!」
「無理、こっから入学式が行われる…というか行われてる講堂までは10分弱かかるし」
「それでもだよ!てかお前も遅刻してんじゃん!」
「わ、私はなぎちゃんからあんたの世話見るように頼まれてるし…そ、それに制服褒めてもらいたかったし…」
「何ぼそぼそ言ってんだ、いいから急ぐぞ!」
顔を少し赤らめ俯く紗希の手を取り走り出す。
校門には9時にたどり着いたと言って許してくれるとは思えない。それならば1分でも早く入学式に行く方が賢明と判断し、疲れつつある足を再度動かした。
「ちょ、ちょっと総一郎!」
「なに!?」
「そ、その…この制服ど、どう思う?」
「それ今話さなきゃなんねぇことかな!?」
後ろから飛んできた呑気な世間話を一蹴。
どうして焦っているのは俺だけなんだと思いつつ、さらに走っていると――、
「あ、入学式の講堂なら逆」
「だからそういうことは先に言えよお前!!」
静かな校舎に総一郎の声だけが響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
柳総一郎は今日から春桜魔術学園に通う高校一年生である。
薄い緑色の短髪を乱雑に整え、新品の制服に身を包んだフレッシュな少年はこの世界に存在する魔法を操る魔法術師でもある。
10年前に両親が他界しそれ以降は妹の柳凪咲との二人暮らし。同じく10年前に両親を亡くし近所で1人暮らしをしている幼馴染の雛森紗希と協力しながら生活をしている。
10年前に春桜地方で起きた魔物による大災害――”春嵐の大災害”は総一郎と紗希にとって両親を亡くした事件であり、一流の魔法術師を目指すきっかけとなった。
あの時何も出来なかった無力感は毎晩のように悪夢として総一郎を襲い、それに打ち勝つため春桜地方で唯一魔法を学べるこの学園に入学を決めた。
今年は季歴1000年、春桜魔術学園にとっても創立1000年となる節目の年。
そんな年に入学出来ることに何か運命めいたものを感じるが――、
「いいか、微かに聞こえてくるこの声からしてもう入学式は始まってる。けど逆に言えば誰かが話してんなら俺たちは気づかれない可能性が高いってことだ」
「…早く開けて」
「あ、ちょ、待て――!」
学園の敷地内に建てられた全校生徒が集まるための講堂。
その講堂の扉の前でどう気づかれずに入学式に参加するかと作戦を練ろうとした矢先、総一郎の制止を聞かず紗希が扉を開けた。
こうなってしまえば紗希の後に続くしかないため、総一郎も扉から講堂の中へ入る。
そこは講堂と呼ぶよりもオーケストラのコンサート会場のような場所だった。扉から見て一番奥のステージ上には教壇が一つあり男子生徒が立っている。どうやら講堂の外でも聞こえた声の正体は彼らしい。
席はステージを中心に扇状に広がり、後方ほど席の高さが上がる設計になっている。一目見る限りでは空席はなく、誰もが等しくステージに立つ男子生徒を見つめていた。
開けた扉付近に座っていた数名はこちらに気づき訝しげに見ている。
「――昨今の魔物の活性化はこの春桜地方にとって大きな課題であり」
講堂の中に入ったことでクリアに聞こえる男子生徒の声。
いつまでも扉付近で立っている訳にもいかないので、紗希と共にこそこそと空いている席へと歩き出す。
丁度良く二つ並んで空いていた席を見つけ座ろうと――、
「一年A組、柳総一郎、雛森紗希。入学初日から遅刻とはいいご身分だな」
「え」
変な体勢のまま突然呼ばれた自分の名前に固まる。
どうやら彼はこそこそと講堂に入る総一郎と紗希の姿が見えていたらしい。
彼の言葉で全校生徒のほとんどの視線が突き刺さった。
居心地の悪さはそのままに一応遅刻してきた身分のため何も言えることはなく、総一郎は気まずそうに周りにどうもどうもと頭を下げた。
隣の紗希を見れば、自分の名前は呼ばれていないと言わんばかりの堂々とした表情で既に着席している。そのせいで余計に周りの視線が総一郎一人に刺さっているのだが。
「ここで名前を出したことを遅刻の罰とする。以後気を付けるように。椅子の下にある袋を確認して、腕時計をつけろ。分からなければ周りの生徒に聞くように…俺はこの学園の生徒会長、春園大雅だ。」
矢継ぎ早に与えられた指示と、短すぎる自己紹介を飲み込むのに数秒。
改めて壇上に立つ生徒に目を向ける。
短く整えられた黒髪に銀色の眼鏡。遠目から見てもきちっと着た制服から総一郎とは違い真面目さが感じ取れた。
生徒会長という自己紹介がなくとも彼が生徒会長と分かっただろう。
ひとまず遅刻は許されたと理解し席に座り、彼の言う通りに椅子の下を見れば白い紙袋があった。
周りを見れば同じ白い紙袋を持っており、入学関連の資料だろうと理解する。
そして彼の言っていた腕時計とやらを探すため紙袋を開けると、
「式に戻ろう。この春桜地方における春桜魔術学園、そして――」
ステージ上の彼の話を聞きつつ袋の中にあった腕時計を手に取る。タッチできる画面がついただけの簡素な作りの腕時計でバンドも付けられていたため素直に腕につける。
どういった機能があるのかと疑問に思いつつ紙袋の中を再度覗けば幾つもの冊子が目に入った。
適当な冊子を一つ手に取りぱらりとめくる。そこには生まれ育った春桜地方、ひいてはこの世界の概要がまとめられていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この世界の9割を占める、セゾニア大陸。
広大な大陸の中心から人間を襲う魔物と呼ばれる生き物が出現するようになったのは1000年も前の話である。
魔物よって支配され大陸の外側へと追い詰められていく人間たち。そんな世界を1000前に救ったのは四人の魔法術師だった。
世界の奇跡と呼ばれる魔法を駆使し四体の魔王を討伐。魔王の核を東西南北それぞれに封印しその上に封印を継続していくための学園を創立した。
「我々の役割とは、定期的に核を奪い返そうとしてくる魔物たちを討伐すること。失敗すればこの春桜地方に住む一般人はもちろん、地続きに広がる他の地方にも被害が広がる」
春桜地方はセゾニア大陸の東に位置し、ここ春桜魔術学園は封印された核――春核を守護している。
北は冬核を守護する冬嶺魔術学園、南は夏核を守護する夏波魔術学園、西は秋核を守護する秋月魔術学園が創立され、世界は安定期と呼ばれる時代となった。
地方によって頻度は異なるが、毎日のように魔物は襲ってくる。
これを政府は”異災”と名付け、異災のレベルを5段階に分けることでこの世界に住む人々に対し魔物への認識を構築した。
「春桜学園は七つの部隊を設立し、毎日異災に対応している。君たち新入生500名全ての生徒は部隊に配属される。配属先は入学案内の際に通告しているはずだ」
部隊の説明と共にステージ上の大雅の後ろに七名の男女が並ぶ。各部隊の隊長であろう生徒は制服の上から、黒と桜色で彩られたローブを羽織っていた。
総一郎は自分が配属される予定の第一部隊――その隊長に目を向ける。
「…」
綺麗に整えられた赤い髪は炎を連想させ、鋭く切れ長の目が周囲を静かに睨めつけているようだった。時折ぐるりと講堂を見渡すその視線は他者を値踏みするようなものであまり心地のよいものではない。
制服の上から羽織ったローブは彼の佇まいによって重たく、格式の高いものへと変え、事前に名家である桜田家の出身だと知らなくとも理解させられる雰囲気が彼にはあった。
隊長達の名前、それは入学案内に書いてあったような…と記憶を思い出し、
「ここにいるのが各隊の隊長だ。第一部隊隊長桜田春斗、第二部隊隊長柏田剛貴、第三部隊隊長咲原悠真、第四部隊隊長華川かすみ、第五部隊隊長花宮仁、第六部隊隊長桐藤恵、第七部隊隊長花ノ木すみれ」
大雅の紹介に合わせ各隊長が頭を下げる。第四部隊隊長のかすみだけはニコニコと講堂全体に手を振っていたためかなりの自由人だと察した。
「そういや紗希も第一部隊だったよな?」
「うん、総一郎と一緒」
「一応桜田家の人が隊長だからエリート部隊とは言われてるけど…どうなんだろうな」
「桜田隊長は火と雷と土の3系統魔法術師らしいね。さすがは名家」
世界の奇跡と呼ばれる魔法は、政府によって体系化されている。
基本となるのは火、水、雷、風、土の五系統。ほとんどの魔法術師は、このどれか、あるいはいくつかを扱う。
ただし、魔法出力が一定以上に達すると呼び名が変わる。
火は炎へ、風は気象へ――そういった上位段階に到達した魔法は、使用出来る術師が少ない光と闇を含めて「上位七系統」と呼ばれていた。
扱える系統の数が増えるほど才能があるものと評価され、4系統以上で天才魔法術師と呼ばれる。
「つっても紗希も3系統魔法術師だろ。桜田先輩と変わらん変わらん」
「そんな単純な系統数の勝負じゃないけどね…後天的に使えるようになる系統もあるし、使用系統としてカウントしてるけど初歩的な魔法しか使えない場合もあるから」
「火と風しか使えない俺への嫌味かそれ」
「結局総一郎も第一部隊なんだから実力は変わらん変わらん」
嫌味で返される自分を真似た言葉に紗希から視線を外した。
「第六部隊、第七部隊はサポート、市民への対応部隊のためこの二つの部隊を除く第一から第五部隊で異災へ対応してもらう。平等を期すためそれぞれ月曜日から金曜日の五日間をローテーションで担当し、非常事態があれば他部隊へ救援を要請する」
春桜魔術学園はシフト制とも言える体制で異災へ対応している。
第一部隊は月曜日、第二部隊は火曜日と一日一部隊担当させ異災が発生次第隊長の指示に従い討伐へ向かう。
祝日など学園が休みになる場合でもシフトの変更はなく、休日は学園生徒の休養のためにも政府の魔法術師が対応する決まりとなっている。
「では第一隊長の桜田春斗から挨拶と基本的な異災への対応方法を説明してもらう」
大雅がそう言うとマイクを渡された春斗が講堂を見渡してから口を開いた。
「第一隊長の桜田春斗だ。まず第一部隊に入る新入生30人へ…いかなる状態においても隊長である俺の命令には絶対に従ってもらう。勝手な判断はせず必ず上級生を通じて俺に報告しろ。これが最も基本的な異災対応のルールだ」
「うげぇ」
よく言えば自信に満ち溢れ、悪く言えば不遜に聞こえる春斗の物言いに総一郎は顔をしかめた。
絶対とは大きく出たなぁなんて悪態を小声でつくと隣の紗希が呆れたような顔でこちらを見た。
「第一部隊は現在新入生含め約80名、六個の小隊に分け異災へ対応する。新入生は主に小隊長の指示を聞くことになると思うが、全体指揮は俺が執る。そして――、」
ふと、不自然に途切れた春斗の言葉。
――ピッ。
短く、機械的な音が、総一郎の左腕から鳴った。
同時に、講堂のあちこちから同じ音が重なり、その機械音の間隔は短くなり大きくなっていく。
「……?」
何の音かと腕時計を確認した次の瞬間、音は一斉に変わった。
低く、重く、耳の奥に突き刺さる警報音。
「《異災警報、異災警報――異災警報レベル2、対応部隊、迎撃準備》」
無機質な機械音声が、創立1000年記念の入学式に終わりを告げた。
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