特別授業
「よし、それじゃあ現場に着くまでの数分間――特別授業といこうか」
新の言葉に顔を見合わせた総一郎と紗希が少しだけ表情を硬くした。
「入学式で色々と説明されるはずだったんだけど…こほん、まず魔物とは何かと聞かれたらどう答える?」
わざとらしく咳払いをする新の目線は一斗の方を向いており、回答者が誰なのかははっきりとしていた。
それを察した一斗が口を開き、
「――大陸の中心にある大きな森…深域樹海から出てくる人間とは異なる生命体です」
「正解だ。秋月魔術学園では魔物の研究が進んでいると言われているが…今笹川君が答えたものがこの世界における魔物だ」
「…」
「さっき発生した異災だけど、異災には危険レベルが設定されているんだ。このレベルが幾つあるかは知っているかな?」
新の視線は移り、総一郎のもとへ。
「いや…今までは異災が発生したら避難するってことしか…」
「そう、基本的に街の住人には異災の危険レベルは伝えていない。異災が発生すれば誘導に従い避難するだけだね」
「どうして教えていないんですか?」
「無駄な混乱を避けるためだよ。異災の危険レベルが高かろうが低かろうが被害が出る可能性はある。不必要な情報を与えることは逆効果なんだ」
新に言われたことを飲み込みながら昔の記憶を思い出す。
幼少期の学校でも両親を亡くしてから育ててくれた施設の人も、異災が発生した時は避難先や魔物がどのくらいの距離にいるといったことは話していたが、どのくらい危険なのかは話していなかったような気がする。
いつだって誘導してくれる人は全力で自分たちを守ろうとしてくれたし、その真剣さは異災発生ごとで変わることはなかった。
そういった意味では新の言うことは有効的なのかと考えていると、
「異災の危険レベルは全部で五段階。今向かっている異災のレベルは幾つだったか覚えてる?」
新の次の質問が視線と共に紗希に投げかけられた。
「…レベル2です」
「ぴんぽーん、よく覚えていたね。言ってしまえば今回の異災はそこまで危険なものじゃない。だから生徒会長も同行を勧めたわけだけど…」
一度言葉を切った新はもちろん油断は禁物だけどね、と釘を刺しぱちりとウインク。
ふと、自分の息が浅くなったように感じた。
走る速度を上げた訳でもなければ、身体の中の魔力の消耗を感じた訳でなく、ましてや走ることに疲れる程貧弱な体力ではないはずだ。
そんな違和感を覚えた総一郎に気づくことなく新は続けて、
「異災発生時の情報はこの季環――あ、季環の事もまだか。季環っていうのはこの腕時計の名前ね。この季環から異災警報が来たら各部隊は授業中でも対応にあたる」
「…」
「季環は警報を知らせてくるだけじゃなくて、生徒間での無線機にもなる魔法具でね。正直この季環がないと話にならないから落としてなくさないように!」
新は自分の季環をぺちぺちと叩きながら注意してくる。
話にならないなんて言いながら扱いは意外と雑だななんて思っていると、後ろから視線を感じて振り返る。どうやら紗希がこちらを見ていたようだが、見つめてくるだけで何も話そうとしない。
「異災に対応する時の無線は誰とでも繋いでいる訳じゃなくて、小隊毎で繋いでいるからもし何か変だなって思うことがあれば僕に言ってね。小隊長は隊長、副隊長と通話できるから」
「…もし異常事態が発生して遊佐先輩が近くにいない場合はどうすればいいでしょうか」
「その時は例外として直接桜田隊長に報告していいよ。無線の使い方だけど…システムに登録はしてあるから魔力を込めながら自分の所属する部隊と小隊を口に出すだけでおっけー!」
「…」
「それじゃあ君たちはここで止まって無線繋いでおいて。僕は後ろの三人にも伝えてくるから」
脚へ送る魔力を断ちその場で止まり、左腕につけた腕時計を見る。
見た事のない腕時計――季環と呼ばれる魔法具に半信半疑で新たに言われた通り魔力を込める。
淡く光った季環に驚きつつ「第一部隊、第一小隊」と小声で言えば、光が腕を伝い頭にまで届き、耳の奥に微かに聞こえたノイズが弾けた。
『――…まずはD級から!範囲魔法で数減らしてからC級倒すよ!』
最初に聞こえたのは可愛らしくも力強く張り上げた女子生徒の声。
その剣幕にびくりと肩を揺らして、無意識のうちに姿勢を正した。
声は想像していた以上にクリアに聞こえた。
繋いだ時のノイズはなくなり、声自体は耳の奥で鳴っているように感じる。
自分では触れられない身体の奥を撫でられるような感覚に、反射的に身をよじる。この感覚はおそらく仕様のため慣れるしかないだろう。
『そっち!見落とさないで!――まだ残ってる!』
続けて聞こえる肌を刺すような声で告げられる魔物の位置と討伐の報告。
数メートルか数百メートルか、正確な距離は分からないが手の届く範囲で魔物との戦闘が行われているのだと改めて認識する。
小さい頃数回だけ魔物と学園生徒の戦いを遠目で見た事があった。その時両親を殺した魔物への憎悪と自分の手では妹を守れない無力感に苛まれていたが――今は違う。
ようやく魔物を倒す側に立ったのだと、自覚する。
「…やっとだ」
思わず口を出た言葉が聞こえたのか紗希が隣に並び、
「総一郎、顔強張りすぎ」
「…しょうがないだろ。やっと魔物と戦えるんだ」
戦闘に対する緊張か、高揚か、表情を硬くする総一郎に紗希は微笑み、
「ねぇ総一郎。ちゃんと約束覚えてる?」
「あぁ。覚えてる」
「私は総一郎を全力で守るから、総一郎は私のことを全力で守ってね。絶対――一人でやろうとしないこと」
「覚えてるって言っただろ…口に出すなよ恥ずかしい」
昔のことを思い出しそうになって追い払うように手を振った。
小さい頃総一郎と紗希、そして妹の凪咲の三人でした約束。
全員両親を亡くし誰かに頼らないと生きていけなかった時の優しい記憶は、今の総一郎にとって自分の弱さが表れているように感じられて、どこか恥ずかしかった。
「よし、それじゃあ最後に僕から異災に対応する前に最後の忠告を!」
戻ってきた新の声が聞こえて意識を切り替える。
新は6名の新入生の前に立ち、一人一人の目を見てから口を開いた。
「突然の異災対応で心配な気持ちは分かる。あとで桜田隊長を通じて生徒会長に文句を言っておくから安心してほしい」
新の言葉で少しだけ新入生の雰囲気が柔らかくなる。
「今回の君たちに求めるのは――無理をせず異災、つまり魔物との戦闘とはどういうものなのかを見て学ぶこと」
「――」
「生徒会長の指示で君たちには実際に魔物と戦闘してもらう。僕が前に行き、わざと低級魔物を見逃すからその魔物を倒して欲しい。複数で倒してもいいし一人でも構わない…ただ!さっき言ったように無理しないのは絶対ね」
「――」
「もし怪我をしたり無理だと思ったら、後ろに控えている第六部隊の所まで避難すること。第六部隊の桐藤隊長に話は通しているから保護してくれるはずだ」
新の説明に少し前にいた一斗が呆れたように笑った。
怪我なんてするわけないだろうという嘲笑なのか、避難することへの嘲笑なのかは分からないが、いい気はせず視線を新に戻す。
「何か質問は?……よし、なければさっそく始めるよ」
始めるという言葉にどくんと心臓が跳ねる。
移動中に感じた違和感もここに立てば嫌にでも分かった。あの違和感の正体は魔物という生物が近づいたことによる体内の魔力の反応だった、のだと思う。
拒否反応に近いそれは今もなお強くなっている。
正面を見れば昼間だと言うのに高くそびえる樹木が大半の陽光を遮断し、薄暗い闇が広がっている。
耳を澄ませれば微かに聞こえる炎や風の音――つまりは魔法による戦闘音と叫ぶような上級生の声。
『第一部隊、第一小隊長の遊佐です。合流遅くなり申し訳ありません。先ほどお話した通り新入生6名を連れ異災対応にあたります。小隊の指揮は引き続き桃田副隊長、お願いします』
先程までの声とは少し違う凛とした新の声。目の前から聞こえる声と季環を通じて聞こえる声が二重に聞こえ、無線機の使い方を理解した時、
『おー!遅かったね新!あたしのことはいいから新入生守ってあげて!あとであたしからもあの超性格悪い生徒会長に危ないことさせんなって怒っておくから!』
『…副隊長、生徒会長は全ての無線を聞いてますよ』
『やべ………たまたま聞いてないことを祈る!』
桃田副隊長と呼ばれた女子生徒の返答を聞いて新は小さく笑うと、こちらへ向き直る。
「それじゃ、我らが桃田ひかる副隊長に倣って…幸運を祈る」
視界から消えるように移動し前に陣取る新の姿を見て、総一郎は大きく息を吐いた。
第1000期春桜魔術学園、新入生六名による初めての異災対応が開始した。
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