第2話 男だらけの朝食|前編

【リビング・ダイニングテーブル】


 着替えを終えてリビングに向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。

 エプロン(なぜか持参)をつけてトーストと目玉焼きを完璧に並べている司先輩。

 ソファでテレビを見ながら、まだ顔の赤みが引かない湊。

 テーブルに頬杖をついて、キッチンから漂う朝食の匂いに目を輝かせている(あるいは俺を待っている)類。

 まるで「新婚家庭」と「シェアハウス」が混ざったような空気だ。


「お、来たな。座れ。コーヒー入ったぞ」

「なにこれ。司先輩が作ったんすか? すごいっすね。めっちゃいい匂い」


 俺が席に着いてそう言うと、司先輩は持っていた菜箸をピタリと止めて背を向けた。背中が小刻みに震えているようだが、振り返った時にはいつもの涼しい顔に戻っていた。ただ、耳の先だけは少し赤い。


「……ふん。大袈裟だ。冷蔵庫の余り物で適当にやっただけだ。栄養つけさせてやるから、残さず食えよ。……研一郎」


 名前を呼ぶ声が、妙に粘着質だ。

 その直後、ドカドカと湊が突撃してきて俺の右隣に座った。


「研一郎! その卵、俺が昨日スーパーのタイムセールで主婦たちと死闘を繰り広げて勝ち取ったやつだからな!? 焼いたのは司先輩だけど、素材調達は俺! 俺の手柄! 俺にも『すごい』って言えよー! えへへ、研一郎、俺の太もも気持ちいい? 最近走り込んでるからさ、筋肉の付き具合確かめてみてよ」


 湊はそう言って、俺の右手を両手でガシッと掴んだ。

 そのまま強引に、俺の手を自分の太ももへと導く。制服のズボンとは思えないほど極端に丈の短いショートパンツから伸びた、健康的に日焼けした小麦色の太もも。

 男にしては毛一つ生えていない、驚くほどなめらかで吸い付くような肌の感触が、俺の掌に伝わってきた。

 ムニッ、とした柔らかさと、その奥にある引き締まった筋肉の弾力。体温が、掌から一気に全身へ伝播する。


「な? いい筋肉だろ? もっと触って確かめていいぞ」


 湊はニカッと笑っているが、その頬は微かに紅潮し、俺の手を握る両手は離すつもりがないように、じっとりと熱を帯びていた。


 それにしても、腹が立つほどツルツルだな……。

 俺は遺伝の影響か、無駄に体毛が濃い。特にスネ毛たちは、我が主君の肌を外敵から守らんとばかりに、剛毛となって深く足に根を張っている。忠義に厚いのは結構だが、俺はその暑苦しい見た目が嫌で時折剃り上げている。彼らの「主を守る」という崇高な思惑とは裏腹に、主自身の手によって無慈悲に伐採されるという、全く本末転倒な運命を辿っているわけだ。

 ……なにを朝からダラダラ喋ってんだって?

 うるせえ、その毛一つないツルツルの足が羨ましいって言ってんだよ。


 俺が心の中で毒づいていると、反対側からは類が滑り込んできた。


「ちょっ、湊先輩ばっかりズルい! ねえ先輩。ボク、先輩に食べさせてもらいたいなぁ……なんてね。逆に、ボクが食べさせてあげよっか?」


 類はトーストの欠片を指で摘み、俺の口元に「あーん」の体勢で差し出してくる。その指先が、わざとかと思うほど俺の唇に触れそうだ。

 俺は類のもった一口分のトーストを、指ごとパクっと食べた。


「……あ……」


 類が固まる横で、俺は湊の太ももをぺちっと叩いて「どけよ」と合図し、類を軽く押しのけて自分のトーストを食べ始めた。

 食べたとき、俺の口が類の指に少し触れて唾液がついた。男同士なので俺は少しついたとも思わず、気にしなかった。

 しかし、類は違った。

 自分の指を顔の前に掲げ、まるで時が止まったかのようにフリーズしている。

 その顔が、耳の先まで沸騰したように真っ赤に染まっていくのが分かった。


(け、研一郎先輩の……くちびる……食べた……ボクの指……濡れてる……これって……)


 類は俺にどかされた後も、その指を拭くどころか、まるで聖遺物でも扱うかのように大切に胸元で握りしめ、荒い息を吐きながら潤んだ瞳で俺の横顔を見つめている。

 ……なんだかよく分からんが、相当トーストが美味かったんだろう。俺は気にせずトーストを食べ進めた。


 次に、湊だ。

「ぺちっ」と俺が太ももを叩いた瞬間、あろうことか彼女(彼)の喉から変な声が漏れた。


「んぅっ……♡」


 男友達に叩かれた反応にしては、あまりにも艶めかしい、喜びを含んだ吐息。

 俺は「どけよ」というツッコミのつもりだったが、湊にとってはご褒美以外の何物でもなかったらしい。

 叩かれた太ももを自分の手で愛おしそうにさすりながら、頬を紅潮させて身悶えている。


(もっと……もっと叩いていいぞ……!)


「い、痛いなぁもう……研一郎ったら乱暴なんだから……へへ……」


 そして、正面の司先輩。

 その惨状(?)を目の当たりにした司先輩の右手の中で、ステンレスのフォークが「グニャリ」と音を立てて曲がった。


(類……あの野郎、わざと指を……! しかも研一郎も無防備すぎるだろ! 俺だってまだ指なんて舐められたことないのに……!!)


 司先輩は般若のような形相を一瞬浮かべたが、俺が無言でトーストを食べ進めているのに気づき、必死に深呼吸をして表情を取り繕っている。しかし、背後から立ち昇るどす黒いオーラは隠しきれていない。


「……研一郎」


 司先輩が、地を這うような低い声で俺に話しかけてきた。その目は笑っていない。


「……類の手より、俺が作った飯の方が美味いだろ? ……俺の目を見て食え」


 完全に嫉妬で理性が飛びかけているが、俺はまだ無言でトーストを食べている。

 三人は俺の咀嚼音さえもBGMにして、それぞれの欲望と戦っているようだ。


「類の手? 何言ってるんすか、司先輩? それより、このトーストうますぎっす。スーパーのセール品とは思えないっすね。まじで司先輩みたいな女子がいて、俺の奥さんになってくれたら、毎日うまい飯食えて幸せですね。まあ、この女が獣な世界で、そんな家庭的な女性がいるかわかりませんけど」


 カシャン!!


司先輩の手から、受け取ろうとした皿が滑り落ちそうになった。


◆◆◆


呼んでくださってありがとうございます。

いいね、コメント励みになります。

次も読みたい!と思ってくださったら、♡を押してください。

コメントしてくだされば、オジサン構文で返信するネ😀

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月3日 22:00
2026年1月4日 22:00
2026年1月5日 22:00

貞操逆転世界でも男4人なら普通の学生生活が送れます。(実は、男友達3人は全員女なのに俺はまだ気づいていない) 性癖崩壊太郎 @nagayoshi555555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画