第3話
ルーティン化された毎日を、淡々と繰り返していく。今日はお団子の婆さんがいないから、水曜日だ。
会社に着くと、何かいつもと様子が違う。後輩が出社していない。
「嫌な予感がする」
僕の勘は、割と当たったりする。急いで予定ボードを確認しに行く。
「有給か」
杞憂に過ぎなかった事に、ホッとする。
「何てことだ」
嫌な予感は的中していた。仕事を終えて帰り着いた我が家、そこはもぬけの殻であった。あんなに洗い物の溜まっていたシンクも、何もなくなりピカピカに磨かれている。
「一体、何が起こったというのだ」
ツキリと頭の奥が痛んだ。頭を振って痛みを追い払うと、部屋を飛び出す。
「うわぁ!」
目の前にいた人にぶつかりそうになり、慌てて身をよじる。腕がぶつかった気がしたが感触はない、気のせいだろうか。
「大家さん?」
見知った顔だ。それと。
「さくら?」
どうして会社の後輩が、僕の部屋の前にいるのだろうか。
ズキリと頭が痛み、その場に蹲ってしまう。
「悠人さん、お別れです」
「はい、確かにこれで引き渡し完了です」
どうして、さくらが僕の部屋を引き払っているのだ。
混乱する僕は、走り出す。
無我夢中で走る僕は、近所の交差点へとやって来ていた。
「さくら」
目の前で、さくらが信号待ちをしている。おかしい事に僕は気付かない。
「危ない」
既視感を覚える。僕は咄嗟に走り出す。さくらに向かって、暴走してコントロールを失った車が突っ込んで来ていた。
「ああ、全て思い出した」
僕は、会社の後輩であるさくらと付き合っていたのだ。結婚も考えていた。
目の前に車が迫る。僕は、さくらの背中を強く押した。
「あの時の感覚が、まだ手に残っている」
前に倒れたさくらが、驚いたように振り返る。一瞬目が合った気がしたが気のせいでは無かったようだ。
今、世界の時は止まっている。さくらの瞳には、間違いなく僕の姿が映っていた。
「ここから先は、覚えていない。きっと、この車に跳ね飛ばされるのだろうな」
そして、1週間前のあの日に、僕は死んだのだろう。
「そうだ、あの日はさくらが泊まっていって、2人して寝坊したんだった」
遅刻する程ではなかったが、洗い物などはしている暇はなかった。
「掃除当番だったさくらが、先に家を出たんだっけか」
そうしたら、テーブルの上にパスケースが置いてあるのが目に入る。中には、さくらの社員証も入っていた。
「仕方がないと、僕がさくらを追いかけて、あの場面に出会した」
全て思い出し、今更ながら死んでしまっている事を実感する。
「そう言えば、会社の警備の人も全然挨拶を返してくれなかった」
死んでからの1週間、考えてみると会話が成り立っていなかった。会社でも、得意先でも、そば屋でも、ちゃんとした会話のキャッチボールをした試しがない。そばの代金も、前の客の物だったのではないか。
それはそうだ、僕は死んでいて、皆は生きているのだから。
「それにしても、どうしたら成仏出来るのだろうか」
僕は、自分の死を認識した。それなのに、現世に留まってしまっている。
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