第2話
営業先の会社に到着する。10時57分、これもいつもと同じ時間だ。
「この時間になると、安岡さんがひょっこりと現れる気がする」
「確かにそうですね」
事務所に入ろうとした所で、僕をいつも担当してくれている浜城さんが、事務の女の子と喋っていた。自分についての会話中なので、地味に入りづらい。
「噂の男、安岡。只今参上致しました」
「……」
気合いが空回りして、盛大にすべってしまう。浜城さんが立ち上がる。
「ちょっと、一服してくる」
僕のやらかしを無かった事にして、普段通り喫煙所へ向かって行った。僕も、浜城さんの後に続く。
「はいはい、いってらっしゃい」
事務の女の子に見送られたので、振り返って会釈をする。
心なしか、事務の女の子の表情が暗い気がするが、変な聞き方をすればすぐセクハラになってしまうので一旦忘れる事にした。
「ふう」
喫煙所では、2人で煙草の煙を燻らせる。それから世間話をしながら、打ち合わせを進めていく。新商品の契約も大詰めなので、今日は僕が一方的に説明する感じになってしまう。
あと、2、3回足を運べば、本契約になるであろう手応えを感じながら、得意先を後にする。
「さあ、お昼にするか」
得意先から会社へと戻る途中にある蕎麦屋へと入るのも、ルーティンの一つだ。
入り口から3番目のカウンター席が、僕の頭の席となっている。
「お客さん、悪いけどその席は座らないで貰えますか」
丁度、僕の前のお客さんが、その席に座ろうとしたのを大将が防いでくれた。
12時32分。僕は、いつも通りにいつもの席へ座る。
「大将、ザルに天ぷらを付けて」
前の客が注文をした。大将が、チラリとこちらを見る。
「いつもので」
「あいよ」
少し食い気味に大将が返事した。聞くまでも無い、という事だろう。
前の客が食べ終わり、席を立つ。タイミングが良かったので、僕も席を立った。
「大将、美味しかったよ。ご馳走さん」
「780円になります」
前のお客さんが、会計を済ます。僕は既に用意してあるが、念のため大将に言われる前にコイントレーを見ると、780円丁度ある。実は、前の客が頼んだのが、偶然にも僕のいつものやつと一緒であったのだ。
「まいどあり」
無骨な大将に見送られて、蕎麦屋を後にする。
午後からは、会社に戻ってちょっとした事務仕事を片付けた。
定時になると、仕事に一区切りを付けて帰り支度を始める。
「お先です」
「ああ、お疲れさん」
そんな言葉を掛け合いながら、皆が続々と帰っていく。
「なあ、どうしたんだ。そんな暗い顔をして。朝のことなら、切り替えろ。同じ失敗を、今後しなけりゃ良いだけだ」
「……」
まだ落ち込んでいる後輩に、どうすれば良いかと立ち尽くしてしまう。
「おつかれ、さまです」
どんよりとした空気を纏い、のっそりと立ち上がると、後輩はとぼとぼと家路に就いた。
余りに落ち込んでいるみたいで、僕の事は目に入らなかったようだ。
考えていても仕方ない。
18時07分。いつもより3分遅れで、僕は会社を後にした。
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