第5話:新指揮官の正体と、絶望の最前列
朝日が、無情なほどに眩しい。
ボロボロの白衣を纏い、俺は命からがら『不帰の砦』へと戻ってきた。
門を潜る際、門兵たちが俺を見て驚愕の表情を浮かべた。
「お、おい……。あいつ、生きて戻ってきたのか!?」
「あの炎上した砦から、たった一人で森へ消えたっていう……」
(勝手に死んだことにするな。俺の余生はまだ始まってもいないんだぞ)
俺は彼らの視線を無視して、中央広場へと急いだ。
唯一の希望だった老将軍は死んでしまった。
だが、絶望するにはまだ早い。
軍隊には必ず代わりの指揮官が来るはずだ。
その新しい上司に、配属通知書の裏側を見せればいい。
首席合格者の俺をこんな地獄に置くなんて、国益の損失だと論理的に説明してやる。
(今度こそ、今度こそ王都に帰る切符を掴み取ってやる……!)
広場には、生き残った数千の兵士たちが整列していた。
皆、昨夜の奇襲で疲れ切り、絶望の淵に立たされている。
壇上に、一人の騎士が姿を現した。
朝日を浴びて白銀に輝く鎧。
背中まで届く燃えるような赤い髪。
凛とした空気を纏って立つその姿に、俺は見覚えがあった。
「――諸君、よく生き残ってくれた」
その声を聞いた瞬間、俺の全身が凍りついた。
(嘘だろ……。あの、森で豚汁を貪り食っていた、行き倒れの女騎士!?)
昨日、俺が助けたカレンが、堂々と指揮官の席に立っていた。
カレンの鋭い眼光が、群衆の中にいる俺を捉えた。
彼女の瞳が、一瞬で歓喜に揺れる。
「皆、聞いてほしい! この暗雲立ち込める砦に、天が救世主を遣わされた!」
カレンは迷いのない足取りで壇上を降り、俺の目の前までやってきた。
そして、全軍が見守る中で俺の手を高く掲げた。
「彼こそは、昨夜の混乱の中、単独で魔の森へ突入し……私を追い詰めた魔王軍の猛将、ジェネラルオークを討ち取った救国の英雄、レオン殿だ!」
広場が、水を打ったように静まり返った。
数秒の後、地鳴りのような歓声が爆発した。
「……は? いや、待ってくれ。あれはただの偶然というか、食材に見えてというか」
俺は必死に手を振り、否定しようとした。
ところが、カレンは俺の言葉を遮るように、熱のこもった声で叫ぶ。
「見よ! この無欲な姿を! 伝説の魔物を屠りながら、手柄など一切興味がないというのか。これほどまでに謙虚な強者が、かつてこの国にいただろうか!」
「違う! 本当に違うんだ! 俺は宮廷料理人で、配属ミスでここにいるだけで、今すぐ王都に帰りたいんだよーーッッ!」
俺が喉が張り裂けんばかりに真実を叫ぶ。
だが、兵士たちの目には、俺が「名誉を拒む、高潔な戦士」にしか映っていなかった。
「聞いたか、皆……。ジェネラルオークを食材だと思っただと……!」
「なんて漢だ……。あの猛将が敵にすら値しないとは……!」
(会話のキャッチボールができねxーーッッ! 全部明後日の方向に解釈されてるじゃないかーーッッ!)
カレンは感動に打ち震えながら、俺の肩を強く叩いた。
「レオン殿! 貴公のその覚悟、しかと受け取った! 貴公のような御仁を、こんな後方に待機させるなんて、失礼に値する!」
彼女は腰の剣を抜き、地平線の彼方を指し示した。
「本日の魔王軍迎撃戦、貴公をわが軍の『最前列・中央』の指揮官に任命する! 貴公がそこに立つだけで、兵たちの士気は神をも凌駕するだろう!」
「ちょっ、最前列!? そこ、一番最初に死ぬ場所だろ!? 嫌だよ! 俺はレストランを開くんだよーーッッ!」
「ハッハッハ! 『死地こそが私のレストランだ』か。どこまでも粋な男だ!」
(言ってない! 一言もそんな、わんぱくなこと言ってない!!)
俺の必死な抵抗も虚しく、俺は無理やり重厚な指揮官用のマントを着せられた。
砦の門が開かれる。
その先に見えたのは――。
地平線を真っ黒に染め上げる、数万の魔王軍の軍勢だった。
大地を揺らす進軍の音。
空を覆う魔力の渦。
俺は、「絶望」を前に、フライパンを握りしめたまま白目を剥いていた。
(母さんの言った通りだ……。宮廷料理人っていうのは、いつだって死と隣り合わせなんだ……)
俺はあらぬ方向に悟りを開き、ガクガクと震える膝を必死に叱咤した。
俺の輝かしい引退生活が、音を立てて崩れ去っていく。
どうやら世界は、どうしても俺を王都へ帰したくないらしい。
(完)
――
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宮廷料理人、間違えて魔王軍との最前線に配属される 〜死にたくない一心で魔物を捌いていたら、いつの間にか軍神と呼ばれていました〜 いぬがみとうま @tomainugami
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